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桜が綺麗だった。
はらはら舞い落ちる花弁は幻想的そのものだろう。
きっと詩を読む奴がいたら、さぞや素晴らしい詩を作ったに違いない。
「……ここにいらしたのですか」
大白蛇宅の桜を見ながら家の中を歩いていると、やっと探していた家主を見つけた。
何のことは無い、別に隠れていたわけでもなく蛇殿様は花見の絶景地点で酒を飲んでいたのだ。
そういうわけで彼は今、通り道に座り込んで盃を傾けている。
「探していたか、吹雪」
「えぇ、まぁ」
短く返して隣にさり気なく腰掛ける。
何をするわけでもなく、ぼけっとしていると“せめて酌をしろよ”と言われた。
「この頃、ずっとお酒を飲んでませんか」
「それは当然だな、酒が家にあれば誰だって飲むだろう」
「理由にはなりません」
言われた通り、盃に酒を満たすと、すぐに蛇殿様は口に運んだ。
自棄になっていらっしゃるのだろう、そんなのすぐ分かる。
しばし沈黙が降りた。
いや、どちらかと言うと舞う桜の花びらに見惚れていたのかもしれない。
「吹雪。お前、過去夢はどの程度出来るのだ」
「毎晩視ますよ、物心つく前から…だと思います」
「視たいものを視られるのか」
何を言っているのだろうか。
疑問には思うが、真剣に聞いている相手には真面目に返したい。
「いいえ…そんな便利なものではありません。しかし、深層心理と言うのでしょうか…無意識的に視たいものを視させてくれることも、しばしば」
「そうか…」
残念そうにそう呟くと、蛇殿様はまた盃を口に運んだ。
その横顔が寂しそうで気になった。
「何ですか、急に」
「ん…別に大したことではない。ただな、もし紫寿の夢を視たら私に教えてくれないだろうか」
何だかちょっと気分が悪くなった。
こんな良い天気で、桜も綺麗だと言うのに気分をちょっとだけ害した。
「…何で」
「私は繊細な心の持ち主だからな、気になるのだ。あいつが私をどれ程恨んでいたか、がな。そうすれば少しは……」
続きが無い。
散る桜を注視していた私は視線を蛇殿様にずらした。
だが、何も無い。
そこには相変わらず、目を伏せた蛇殿様がいる。
どんな感情も表に見せず、だからと言って冷たい無表情ではなく…蛇殿様らしく蛇殿様はそこいる。
何故だろうか、とてもほっとした。
これで泣いていたらどうしようかと思った。
その時、私はきっと絶対立ち直れなかっただろう。
では、何で立ち直れないのか…そこまで考え付くと何故か頬が熱くなるのを感じた。
「…父上が何を思っていたかも理解できよう」
「蛇殿様…」
しかし、彼がそこで涙を流さなかったからといって紫寿に対する思いが無いか、とは別だった。
蛇殿様が望んでいるのは既に視た夢。
だが、それをどうしても私は伝える気にはなれなかった。
それを言ってしまえば、蛇殿様はずっと死んだ人を思い続けてしまうのではないか。
心配だった、それ以上に亡者に嫉妬しそうで怖かった。
蛇殿様が儚く見えた。
人知を超えた妖怪の血を引きながら、何故か触れれば砕け散ってしまいそうな印象を持った。
そっと顔を近づける。
だが、それに気付いた様子は無い。
あぁ、やっぱり…目が見えていないのだろう。
この人は盲目なのだ。
高い声で鳥が鳴く。
包丁立てた、と妹が姉に謝っている。
彼にこの懺悔は聞こえても、あの鮮やかな緑は見えないのだ。
あの黒いつぶらな瞳を縁取る白も見えぬのだ。
ならばバレないだろう、ゆっくりと額に口づけをした。
その感触は触れたこともないほど、滑やかで温かかった。
―――…あぁ、でも一度……夢の中で触れたそれと同じだ
よって件の如しッ!
―――巳の語るる事
初めまして犬羊です。
取りあえず一章が終わりました。
読み辛い点が多々あったと思うのですが、少しでも暇つぶしになっていれば幸いです。
何かこう…ぶっちゃけますと、金持ちでモテモテでタラシな完璧かっこいー人が実は一途とか激しく好きです、ぎゃっぷ良いよぎゃっぷ。
同時にへたれなダークホースがでしゃばるのも私的にはおいしいんですよ。ただし脇キャラに限る。
過去夢の人はドライなふりして子供っぽい、が当初の目標でしたが大いにブレました…。今回は兄が関係していたから、ってことであって首を突っ込みましたが、多分兄が関係なくても首を突っ込んでいたと思います。そうしなければならない、ていうか、そうしたい理由があったりなかったり。
ちなみに神経質な有識者さんの職業は本の虫です。知識を溜めることです、「に」がつく奴じゃないです。
十二支タグついているのに丑と巳と辰しか出てきてないっていうね……さ、詐欺じゃないよ!!次は酉が出ますよ!!噂話程度で午も出るかもしれません。