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大白蛇はいつも通り無作法に前簾から入ってきた蛇神を見て、安堵した。


いや、それには語弊がある。

蛇神を見て、呆気に取られ沈黙した吹雪を見て安堵したのだ。

思わずため息が大白蛇の口から漏れた。



「どうした、蛇神」



印を切ると、白い蛇は人の形を成した。

白襦袢に、長い白髪で隠れた独眼。

その女は艶っぽい赤い唇を伸ばして微笑んだ。



「いいえ…結局どう運ぼうと、明確に嫌われるのだなぁ…と思いまして」



出てきた皮肉を華麗に無視して大白蛇は怒りも忘れた吹雪に向き直った。



「何をそんなに怒っている、しかもお前…よくまぁ……あんな態度に出れたものだな」



そう言われてハッとした吹雪はその手を離した。



「ご、ごめんなさい」



真っ直ぐに見られ、吹雪は恥じたように視線を逸らした。

その様子を見て、蛇神がくすくす笑う。



「何も謝る必要はございません。この男は。捕って喰おうとばっくり口を開けてあなた様を呑もうとしていたのですからねぇ」



尻目で蛇神は苦虫を噛み潰したような顔をしている大白蛇を見た。



「誤解を招くようなことを言うな、落ち着かせていただろう」


「いやいや…私は聞きましたよ。 “ここ最近暇がなかったせいで溜まっているしな”と言うあなた様の台詞を…」


「た、たまって…?」


「お前が気にすべきことではないぞ、吹雪…!」



疑問符を浮かべた吹雪の顔を掴むと、言い聞かせるように大白蛇が言う。

そうなると吹雪はただ何度も首を縦に振るしかない。


大白蛇は舌打ちをして蛇神を見やる。

面白そうに笑う蛇神に印を切るとその姿は再び蛇へと戻った。



「……これがあの、でぶ猫を食べる蛇神ですか?」


「…あぁ」



シューシュー、音を立てて蛇神はトグロを巻いて、身体を縮込ませた。

生意気な奴め、と大白蛇が口の中で呟くと蛇神が首をゆらゆら揺らして挑発する。



「ふん、こんなものどうでも良いだろう。それより吹雪、お前は着いて来て一体どうするつもりだ」


「…特に何も考えてないです」



吹雪が俯いて言い辛そうに答えると大白蛇は呆れたように思わず呟く。



「……馬鹿か、お前は」



その言葉に吹雪が衝撃を受け、面を上げる。



「でも、兄上が見つかったのでしょう!気になるじゃないですか」



真剣そのものの面持ちで吹雪が言うと大白蛇はしばらく沈黙した。

何か思案して、その答えが出たのか、大白蛇はやっと口を開く。



「なるほど、やはり馬鹿か」


「もう良いです…!」



急にそこで音が消えた。

牛車の中の会話もそうだが、外から響いていた虫が鳴く声も消えた。



「…何か術でも使ったのですか」



物珍しそうにキョロキョロしながらそう言う吹雪。



「術ではない、呪だ」


「何が違うのですか。同じでしょう、要は雰囲気の問題なんでしょう、どうせ。ほとんど山師みたいなもんなんですから」


「おま…、その性格をどうにかしろ」



呆れたように口を閉口させる大白蛇だが、吹雪に堪えた様子は無い。



「あと、どの位で着くのですか」


「そう長くは掛からん。のんびりしていたら舞雪が死ぬからな」



大白蛇はそう、笑いながら言う。

だが、その冗談に舞雪の妹がつられて笑えるわけが無い。

ジト目で睨みつける。



「……笑えないんですけど」


「笑っておけ。冗談にしておけば、実際には起こらんさ」



なるほど、と納得しかける吹雪。

だが、すぐに怪訝そうな表情を浮かべた。



「言霊とか、そういうのはどうなんですか」


「お前に呪がどうのこうのなど話しても何も満たされんわ。文章博士として言った方がまだお前には理解し易かろう」



蛇神が物見から頭を出して、外を伺う。

もしかしたら、もう相当目的地の近くまで来ているのかもしれない。



「これ、どこに向かっているのですか?」



何気なく聞くと、すぐに大白蛇はこれまた何気なく返事をした。




「あぁ、私が約束を反故にしてしまった相手の元だ」


「約束を、反故に…」



それに一体、兄がどのように関わってくるのだろうか。


吹雪は思案する。

一番妥当なのは逆恨み、か。



「全く私は何を考えていたのだろうな、絶対の自信があったと言うのに…結局、破ってしまったのだ、その約束を」


「では、怨まれているのですか」


「ああ、間違いなくな。口では何も言われなかったが」



不意に、ぴたっと牛車が停まった。

目的地に着いたのだろう。



「舞雪は…予知夢を見て、止めに来たのだろうな。こいつが百鬼夜行を作り出した訳だから」


「手前の兄は一番の馬鹿です。自分の能力の未熟さを知りつつ、そういうことに首を突っ込みます」



悔しそうに怒気を込め、だがどこか誇らしげに瞳を光らせて吹雪は頷いた。

大白蛇が物見から外を覗くと、蜥蜴丸が前簾を上げた。



「御当主様、お父上殿のお家に着きましたよ~」



ふにゃん、と緊張感の無い声で蜥蜴丸はそう言う。


思わず吹雪は、小さく声を上げた。



「では行くか、吹雪」



月が綺麗な夜だった。

月光が淡く面を照らす。


重く閉じたままの目蓋は瞳を隠し、感情を隠した。



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