22
外が騒がしい。
寝ようと床に就いていたが、それが気になって身を起こした。
襦袢の上に長羽織を羽織ると、外を伺う。
満月の下に照らし出された牛車。
「……。」
こんな夜に、おかしい。
いや…いつもだったらおかしくないだろうが、今は兄上がいない。
と、言うことは…。
「やっと見つかったのですか…!」
考える暇も無く停止している牛車に乗り込む。
「ふぁ~…時間外労働だろ、これ。手当てちゃんと余計に貰えるかな」
しばらくするとそんな声が聞こえた。
聞いたことがある、牛舎で会話をしたあの人だ。
やがて牛車が動き出す。
体勢を整えていなかったため、ぐらりと身体が揺らいだ。
とにかく無事乗り込めた。
一緒に行って良いか聞いたら、間違いなく良い返事は返ってこないだろう。
だが気付かれずに、着いて行く方法が思いつかない。
正座をし、乗り込んでくるであろう蛇殿様を待つ。
「御当主様、牛車の準備整いましたよ」
「遅いぞ、一体いつまで待たせるつもりであった」
「コイツが思いの外、歩くのが遅いもので…すんません」
「…牛のせいにするなよ、お前も含めて遅いのだろう」
そんな会話がすぐ外から聞こえる。
そして物音と共に後簾が持ち上がった。
蛇殿様だ。
「…?」
が、私に気づいた様子は無い。
そのまま乗り込もうとすれば私に躓いて転ぶだろうに。
案の上、蛇殿様の足が私の膝にかかる。
「…むッ!?」
そして当然の結果として、屋台の中にこてん、と転がり込んだ。
…不覚にも可愛いと思った。
(…蛇殿様でも転ぶんだ。あ、気づいた)
「吹雪か…。ここで何をしている」
蛇殿様は身を起こすと、傾いた烏帽子を直しながら私を見た。
見たとは言っても目は開かれていないが。
(そして転んだことを無かったことにしようとしている…)
そうは思ってもそれを言ったら可哀相だ。
それには触れない。
「私も行きます。兄上が見つかったにしても、どうせまた一悶着あるでしょう」
「一悶着あるにせよ、お前に何ができる。家に居ろ、危ないだろう」
「…蛇殿様がいるので安全でしょう。一日中私を放置していたのです、良いじゃないですか」
纏わりつくよう身を寄せて言う。
空白があったとはいえ蛇殿様の性質を知らない訳がない。
これが効果的だと内心ほくそ笑んで、身を委ねる。
が、そこで予想外なことが起こる。
顎を掴まれ、唇を押し付けられたのだ。
長い舌が口内に侵入し、意思を持って動く。
十数秒後にやっと重ねられた唇が離れた。
頭がくらくらする。
顔が熱い。
眼前の蛇殿様はふっ、と笑った。
「…続きは帰ってからだ、良い子にして待っていろ」
「え、え……?」
「何だ、物足りないのか。それじゃあ…」
今度は腰に手を回す蛇殿様。
その手が腰やら尻を撫で回すように蠢いた。
顔から火が出そうになるとはこのことなのだろう。
「もっ…もう!もう…止めて下さいっ!!」
そう叫ぶと静かな夜の空気が震えた。
「あ…兄上が大変な目にあっているかも知れないんですよ!それなのに…蛇殿様は……っ!」
我を忘れて蛇殿様の襟首を掴み、揺さぶると珍しく相手は狼狽したようだ。
これは面倒なことになると思ったのだろう、蛇殿様は牛飼童に早く出るように言った。
「悪かった、悪かったから吹雪…少し静かにしろ」
牛車が動き出す。
「あっ挙句、人を煩いと言いますか!信じられません、この…ッッ」
全て言い切ろうとした時、前簾から巨大な白い蛇が侵入してきた。
記憶にある蛇神よりもずっと大きい。
舌をちろちろ出し、喉から変な音を出すその様子に呑まれて言うことすら忘れた。