20
太陽の光が指す室内。
障子は虫に所々喰われ、穴が空いていてみすぼらしいが、そこから差す光は美しい。
狭い室内に座す者が一人いた。
舞雪だ。
相対する人がいないのにその表情は険しい。
「まだ居たのか」
開きっ放しだった襖から声が響く。
舞雪が振り返れば、どこにも特徴のなさそうな野良着の老人が顔を覗かせていた。
特徴があるとすれば、片足を引きずるようにしている点か。
「当たり前です。もう時間がございません。あなたが了承するまでここにいます」
断定する舞雪は意思の強い目で老人を見つめた。
「何度言っても変わらない。俺の意思は曲げられない」
「その様なことをしても意味がないと、本当はもう…ご存知でしょう」
「誰にとっての無意味だ。俺にとっては無意味ではない」
「人を殺めれば病がなくなる。そう本気で思っているのですかッ!」
その声は静かな室内に響いた。
空気を一通り震わせると声は霧散する。
「簡単に言わないで欲しい。それだけではない、もっと特別な儀礼を踏んでいる」
その言葉を聞いて舞雪の表情はますます険しくなった。
普通の老人が知っているはずがない、一体誰がそんなことを吹き込んだのか。
「あなたのそれは…悪戯に百鬼を呼び、徘徊させるだけです…」
焦ったところで仕方がない、しかし時間がない。
舞雪の見た夢では今日の晩である。
今日の晩――百鬼はいよいよ力を増幅させ、その力は行き場をなくす。
そして赤子が母親を求めるが如く、捨てられた女がそれでも男を慕うが如く――…術者の元へ至る。
人はそれを返りの風と呼ぶ。
病で娘を亡くした男が、病を亡くそうと我を亡くす。
それで良い訳がない。
思いのほか長くなってしまったが、今帰っている暇はない。
早く説得しなければ。
舞雪は隈が出来かけた目の下を擦った。