18
苦しい、息がし辛い。
荒く呼吸をしたところで全く楽にならない。
「はぁ、はぁ、はぁ…!」
物が散らばった部屋で腰砕けになりながら、何かから逃げる。
何かに縋った時に花瓶を倒してしまった。
それに足を取られ、顔から畳みに突っ込んだ。
「っく!…ぐぅ、はぁっ!」
視界が回転する。
振り返ったのだろう、追いかけてくる何かを。
ぼぁ、と徐々にその姿が浮かび上がる。
「ば、化け物…ッ!しつこいのよ…!」
浮かび上がったのは紫寿だった。
しかし、彼女の背後にあるタンスが見える程に透けている。
心の真ん中に恐怖が蔓延った。
「紫寿ッッ!この下女…!罪垢で穢れたあんたを大白蛇様の傍に置いていたら大白蛇様まで穢れるのは分かりきったことよ!」
恐怖を隠すように大声で叫んだ。
しかし、その声は震えていた。
そんなことお構いなしに、紫寿は一歩一歩こちらに近づいてくる。
「私は大白蛇様の女中よ!そんなあんたを主の横に置いておきたいなんて思う訳がない!大白蛇様だって…言わなくてもそう思っていたわよ、絶対!」
「……。」
「短くとも最高の夢を見られたことに感謝しなさいよ、端女の分際がッ!」
もはや、紫寿との距離はゼロだ。
床の間に飾られていた刀を手にとり、素早く紫寿に袈裟斬りをお見舞いするが、刀は素通りした。
クスクスと紫寿はそれを嘲笑う。
手足の先がやけに冷たい。
視界がグラグラと揺れだす。
心の全てを恐れが覆った瞬間だった。
紫寿を切れなかった刀を自らの首に持っていく。
口角が上がるのを感じた。
刀がずぶっと喉を突き破った。
想像を絶する痛みが脳を支配して、その直後に心地よさを感じた。
横に身体が倒れる。
喉から流れる血が畳を覆う。
血が温かい。
何かを喋ろうとしているのだろう、喉の切れ目からボコボコ泡が次々生み出された。
何を言おうとしているかは分からない。
だが、この感覚。
勝ち誇ったこの感覚はきっと“あなたには私を殺せなかった”と訴えている。
もはや音にならない笑い声をあげるこの女。
それを見て紫寿は悔しがることもなく、一歩踏み出した。
踏み出して、また踏み出して…踏み出して踏み出して踏み出して踏み出して踏み出して踏み出して踏み出して……踏み出した。
カッと見開いたその目は鬼が如き真紅、籠められたのは怒り。
目が覚めた。
率直に言うと怖かった。
情けない話だが、怖くて泣く程に。
しかし、隣には蛇殿様はいない。
優しく撫でてくれる手もない。
だから、頬は冷たいままだった。