17
吹雪は夕日が沈み、月が浮かんだ夜空を見上げた。
逢う魔が時に大白蛇が帰ってきた。
何故帰ってきたのか、と吹雪は聞いた。
普通ならば朝までいるだろう、女好きのあなたなら。
そう聞いたのだ。
はぐらかされて今に至る。
縁側に座り、庭を眺めつつお団子を口に頬張る吹雪。
と、後ろから抱きつく大白蛇。
「…話すつもりがないなら、そんな接近しないで下さい」
「吹雪、何を怒っている…ほったらかしにされたのが嫌だったのだろう。だから、お前に構っているのではないか」
大白蛇は吹雪の手を掴むと弄び始めた。
ひく、と吹雪の顔面が痙攣した。
「…別に、あなたに放置されたからってどうってわけではありませんよ。問題は兄上です!何故帰って来ぬのですか、ボコられて監禁でもされているのではありませんか!?…気持ち悪ッ!何か今、気持ち悪い所まで想像しちゃいました!」
乱暴に吹雪は串に刺さった最後の一つを口に放り込んだ。
それを見た大白蛇は気づかれないよう忍び笑いをし、吹雪の頭を撫でる。
「食い物に当たるな、吹雪。団子が可哀相だろう」
「蛇殿様は兄上の、舞雪の師でございましょう…?心配ではないのですか、吹雪には兄が大事なのです」
話を逸らすなと言わんばかりの形相で睨まれる大白蛇。
だが、丑に睨まれたところで巳が動じるはずもない。
そこもやはり口角を上げるだけの笑みを扇で隠した。
「お前は兄思いだな。私も心配だぞ、舞雪が最初で最後の弟子だからな。大事さ」
その表情から本音を読み取ろうとしたのだろうか、吹雪はじぃっと大白蛇の顔を眺めていた。
が、扇で隠された顔は表情を読み取れる場所がない。
「…何か知っているのでしょう、蛇殿様。妹の私が知らず、師のあなたが知っていることがあるのです」
少し拗ねたような口調で図星をつかれた大白蛇だが、動揺は微塵もない。
「根拠は何だ。示されれば教えずにはいられまいだろうがなぁ」
出来ないと確信しての大白蛇の言葉。
余裕のある大白蛇は吹雪が残していた最後の一串を横取りして、お茶で流し込んだ。
しかし、意地悪く言う相手に吹雪も考えがあった。
「証拠?…過去夢が証拠になるのならば」
「っぶふ!?」
事無げに紡いだ吹雪の台詞に思わず大白蛇は口に含んでいたお茶を吹いた。
げふん、げふんと誤魔化しではなく咳き込み、胸部を叩いて途中で停止した団子をどうにか降ろそうとしている大白蛇を見て、吹雪は驚きの声を上げた。
「…あっ!申し訳ありません。忘れてました、蛇殿様が御歳、49歳になることを。その歳では団子を詰まらせての窒息死…何て結構ある話しですよね。大丈夫ですか?」
が、声色は軽い。
背中を叩いてやっている割には吹雪の顔に心配の色はない。
「っく…吹雪。お前…私にこんなことをし…」
「私は何もしていません。それより証拠を出したのです、とっとと話してくださいませ」
有無も言わせない雰囲気を出しながら、そう言う吹雪。
大白蛇の記憶が確かなら、この女…間違いなく自分より年下でまた目下。
更に言えば、弟子の妹で幼少期は自分が面倒を見ていた…はず。
いつの間にこんな女になってしまったのか。
思うところは多いが、今はそんなことはどうでもいい。
「実は舞雪、昨晩から帰っていないのだ。それに連絡もない」
「女ですか!女の“お”の字もない、兄上に女ですか!!」
自分と同じ反応をした吹雪に、大白蛇はやはりそう言いたくなるよな、と頷いた。
それと同時に、コイツ…過去夢を見ていなかったなと謀りに気づいた。
「いや。百鬼夜行について、だそうだ」
「……兄上、かわいそッ!」
吹雪は顔を両手で覆った。
「全く…詰まらん男だな、舞雪は」
「もう舞雪じゃなくて舞茸って名前にすれば良いのにッ!そうすれば誰も兄上に女っ気が無いこと責めないのに」
想像するに、もしかしたら件の家はこの代で終わってしまうのではないか。
軽くそんな未来を思い浮かべた所で、本題に戻る。
「では、兄上は今、失踪中と言うことでしょうか…?」
「あぁ、私も色々探しているが…まだ見つからん。だが、吹雪。お前は何にも不安がる必要はないぞ」
それこそ、確証はねぇけど!である。
大白蛇のお墨付きであろうと、吹雪はやはり心配だ。
「しかし……」
「最悪…死体で見つかるかも知れんがな」
吹雪の肩が跳ねる。
そんなことになったら、件の家はどうなってしまうのかと考えたのだろうか。
そりゃ、確かにこのまま行けば家系は途絶えるかもしれないが。
いや、それ以前に兄の身を案じてのことなのか。
「ね…寝ます、私…いたっ!」
「ぐっ…!」
吹雪が何の予告もなしに立ち上がったものだから、頭を大白蛇の顎にぶつけた。
一度しゃがみ込み頭を抑えた吹雪だったが、すぐに立ち上がると自室へと向かって行った。
残された大白蛇は顎を擦りつつ、その後姿を見つめる。
「ハッパを掛け過ぎたかも知れんな…確かに過去夢を見るよう誘導したが」
別に大白蛇は舞雪が死体で見つかって欲しい訳ではない、むしろその逆だ。
弟子をとったのは初めてだ、そして今後一切とるつもりもない。
何が好きで男の世話など見なければならないのだ、と思っているのだ。
しかし、それでもあれほど頭を下げられ、頼まれたのだ。
指導する場合はそれに応えなければならない。
甚だ面倒ではあるが、な。
「しかし、舌を噛み切るかと思ったぞ…」
そう言うと大白蛇は自らの顎を労わる様にもう一度擦った。