16
先程の女中が、やつ時を持ってきた。
しっとりと、滑らかな桜色を放つ桃の形をした和菓子とお茶だ。
…正直に嬉しかった。
「あ、ありがとうございます!」
思わず身を乗り出して、食い入るように女中の手に握られたお盆の上のやつ時を見る。
が、女中の目は冷やかだ。
また自分か何かしたかと空気を読む。
うん、この態度が駄目だったのか。
思い至ると同時に女中が口を開く。
小さな声だ。
「先程は身を弁えず、大変無礼な真似を致しました…申し訳御座いません」
「…あ、いいえ」
すんなりと謝られると、逆に反省の色を疑いたくなる。
それでも、従うのはこの女中に有無を言わさない雰囲気があるからだ。
本当に申し訳ないことをしました、と女中はもう一度頭を下げるとやつ時を机の上に置いた。
…これで許せ、と言われている気分だ。
「…吹雪姫、あなたにお聞きしたいことがあります」
女中は突然、そう切り出した。
確信した、この女中…このように言いたいことがあったために謝ったな…。
こっそり、したり顔をして相手を見れば、その表情は固い。
真剣な話をするつもりなのだろうか。
「あなたは我が当主、大白蛇水希の正妻になるつもりはありますか」
…違かった。
「は…?」
何で急にその話なんだ。
疑問符を浮かべて聞き返す。
「大白蛇は30年前に紫寿様を亡くされてから、余り元気がないように見えます。あなたが…その傷を癒して差し上げられますか、と聞いているのです」
危うく噴出しそうになって、手で口を抑えた。
え、あれで元気ないの?
傷を癒すって…え、あれで元気ないの?
久しぶりに会った私にですら、初っ端から口説きにかかってきたあの人が??
「へ…へぇ」
あれで元気ないのか、と頷く。
じゃあ、元気がある時はどんな感じなのか。
不幸にもそれは女中に肯定として受け取られた。
はっとしてそれに遅れて気づく。
「ち、違いますって!だって、前提としておかしいではありませんか…蛇殿様は捨てたのでしょう、穢れは、病は伝染るから、と…。元気がないとか、勝手過ぎます!」
と、いう…疑問は尽きないが今のところの予想。
「まさか!そんな訳ありません…。紫寿様が出て行ったのでございます!大白蛇の女犯が過ぎたせいで自分が罪垢になったのだ、と!!」
感情をもろにぶつけて来る女中に吹雪は思わず身を引いた。
忠誠心にも驚いたが、話が、私が見た過去夢と噛み合っていないことにも驚いた。
しばらく私が考え事をして黙っていたせいだろう、女中はその沈黙を私の怒りととった。
「…す、過ぎた真似を、お許しください」
「いいえ…別にそういうわけでは」
次に何を言えば分からず、黙っていると女中が静かな口調で再び口を開いた。
「…大白蛇の女犯が過ぎたため紫寿様が出て行ったと仰いましたが、もしかしたら。もしかしたらそれだけではないのかも知れません」
思い当たる節があるのだろう、女中はそれでもそう言わずにはいられなかった。
蛇殿も彼女の主だが、同時に紫寿も彼女の主なのだ。
庇わずにはいられない。
「何か知っているのですか…」
女中は言い辛そうだったが、それでも続きを話した。
「紫寿様は…元は白拍子でして、大白蛇の正妻となる折…反対する者も多くいました。それで…出て行かれたのでは…。いいえ、出て行かされた…のでは、と」
だから、下女…と。
反対する者とは、と無粋であることを知りつつ問う。
すると予想通りの言葉が返ってきた。
「女中です…、私だって紫寿様のことを最初は快く思っておりませんでした、でも最初だけでございます。しかし…彼女は、あれは……最後まで…――」
―――でも。それでも、それでも…あなたのことが好きなのよ、色男さん…
ゾッとした。
耳元で囁かれたかのように、その言葉が脳に絡んで離れない。