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先程の女中が、やつ時を持ってきた。

しっとりと、滑らかな桜色を放つ桃の形をした和菓子とお茶だ。


…正直に嬉しかった。



「あ、ありがとうございます!」



思わず身を乗り出して、食い入るように女中の手に握られたお盆の上のやつ時を見る。


が、女中の目は冷やかだ。

また自分か何かしたかと空気を読む。

うん、この態度が駄目だったのか。


思い至ると同時に女中が口を開く。

小さな声だ。



「先程は身を弁えず、大変無礼な真似を致しました…申し訳御座いません」


「…あ、いいえ」



すんなりと謝られると、逆に反省の色を疑いたくなる。

それでも、従うのはこの女中に有無を言わさない雰囲気があるからだ。


本当に申し訳ないことをしました、と女中はもう一度頭を下げるとやつ時を机の上に置いた。

…これで許せ、と言われている気分だ。



「…吹雪姫、あなたにお聞きしたいことがあります」



女中は突然、そう切り出した。

確信した、この女中…このように言いたいことがあったために謝ったな…。


こっそり、したり顔をして相手を見れば、その表情は固い。

真剣な話をするつもりなのだろうか。



「あなたは我が当主、大白蛇水希の正妻になるつもりはありますか」



…違かった。



「は…?」



何で急にその話なんだ。

疑問符を浮かべて聞き返す。



「大白蛇は30年前に紫寿様を亡くされてから、余り元気がないように見えます。あなたが…その傷を癒して差し上げられますか、と聞いているのです」



危うく噴出しそうになって、手で口を抑えた。

え、あれで元気ないの?

傷を癒すって…え、あれで元気ないの?

久しぶりに会った私にですら、初っ端から口説きにかかってきたあの人が??



「へ…へぇ」



あれで元気ないのか、と頷く。

じゃあ、元気がある時はどんな感じなのか。


不幸にもそれは女中に肯定として受け取られた。

はっとしてそれに遅れて気づく。



「ち、違いますって!だって、前提としておかしいではありませんか…蛇殿様は捨てたのでしょう、穢れは、病は伝染るから、と…。元気がないとか、勝手過ぎます!」



と、いう…疑問は尽きないが今のところの予想。



「まさか!そんな訳ありません…。紫寿様が出て行ったのでございます!大白蛇の女犯が過ぎたせいで自分が罪垢になったのだ、と!!」



感情をもろにぶつけて来る女中に吹雪は思わず身を引いた。

忠誠心にも驚いたが、話が、私が見た過去夢と噛み合っていないことにも驚いた。


しばらく私が考え事をして黙っていたせいだろう、女中はその沈黙を私の怒りととった。



「…す、過ぎた真似を、お許しください」


「いいえ…別にそういうわけでは」



次に何を言えば分からず、黙っていると女中が静かな口調で再び口を開いた。



「…大白蛇の女犯が過ぎたため紫寿様が出て行ったと仰いましたが、もしかしたら。もしかしたらそれだけではないのかも知れません」



思い当たる節があるのだろう、女中はそれでもそう言わずにはいられなかった。

蛇殿も彼女の主だが、同時に紫寿も彼女の主なのだ。

庇わずにはいられない。



「何か知っているのですか…」



女中は言い辛そうだったが、それでも続きを話した。



「紫寿様は…元は白拍子でして、大白蛇の正妻となる折…反対する者も多くいました。それで…出て行かれたのでは…。いいえ、出て行かされた…のでは、と」



だから、下女…と。

反対する者とは、と無粋であることを知りつつ問う。

すると予想通りの言葉が返ってきた。



「女中です…、私だって紫寿様のことを最初は快く思っておりませんでした、でも最初だけでございます。しかし…彼女は、あれは……最後まで…――」





―――でも。それでも、それでも…あなたのことが好きなのよ、色男さん…



ゾッとした。

耳元で囁かれたかのように、その言葉が脳に絡んで離れない。


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