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吹雪は冊子を捲る。

余り厚くない冊子だ。


その冊子を見る目を外し、脇に控える女中をこっそり見る。

意を決したように吹雪は顔を上げ、尋ねた。



「聞きたいことが一つございます」


「何でしょうか?」



ずっと吹雪を見ていた女中はすぐに応答した。

そして吹雪の一挙一動を見ていた女中には彼女が夢中になって読んでいる冊子が病のことについて書かれた冊子だと分かっている。



「身体に黒い痣のようなものができる病をご存知ですか?」



吹雪は紫寿が罹った病について調べていたのだ。

そして大白蛇宅にあった数々の蔵書を読み漁って気づいた。


(埒が明かない、バカみたいに蔵書多すぎる)


とは言っても、ストレートに“お前んとこの当主の死んだ正妻さぁ、黒い痣みたいなのできてたじゃん?何の病気だったん?”何て無遠慮な聞き方はできない。

そんな訳で遠回しに聞いたのだ。



「…それを聞いてどうなさるのですか」


「…え」



冷たい声だった。

よく都会の人は温かみがない、とは言うが…それにしたってその声は冷たかった。

そしてその瞳に光は差し込まない。



「そのようなこと、知らなくても生きて行けましょう」


「あ、でも…」



何か言葉を続けようと口を動かす吹雪だが、女中は言い逃げの如く立ち上がると部屋から何も言わずに出て行った。

言葉も無い。



「…怖ッ!都会怖ッ!」



女中がいなくなった部屋で独り呟くが、それで何かが収まるわけではない。

あの態度に怒りすら沸く。


しかし、こうなったら何が何でも知らなければ気がすまない。

絶対知りたい。


ばっ、と吹雪が後方を振り返れば、綺麗な室内で違和感を発する場所がある。

そこは吹雪が陸奥から持ってきたものを適当においているところだ。


つまりはは汚い。


そこでガサガソと何かを探し始め、ほどなくそれは見つかる。

『丑』の字が書かれた、よれよれの白い紙である。



「まさか兄上のお遊びが役立つ日が来るとは…当に兄上とて夢にも見なんだ…」



暗黒微笑(笑)を浮かべ、その『丑』の字を吹雪は指先でなぞり上げた。

『丑』の字が蠢き、徐々に姿を変える。

やがてそれは『辰』の字となった。


そう、これは舞雪が、あの未熟な舞雪が初めて作った式神なのだ。

しかし、こんな小汚い紙切れに自我なんてものは勿論無い。

決められた相手と連絡がとれることしかメリットはない。



「こういう場合は辰の人しかいませんよね。まともで頭良いのあいつくらいだし」



失礼なことを言いつつ待っていると、やがて紙が今まで聞いたことも無いような不思議な声を発した。



「珍しいな、これで連絡とは」


「お久し振りです、襲衣(シュウイ)さん。今は何をしていらっしゃいますか」



興味はないが、社交辞令だ。

吹雪は何を言おうか頭の中でまとめながら、そう切り出した。



「白痴者、名を名乗れ」



まるで不可視な霧の向こうから響くような声であった。

空気に良く馴染んで霧散するような、だが、確かにそこに響く声。

そんな声がぴしゃり、と吹雪の頬を打った。



「…く、吹雪です。舞雪は手前の兄でございます」



嫌な顔を前面に出す吹雪だが、相手・襲衣にはそれが分かるわけもない。



「そうか、やはりな。『丑』の字があるのはそのためか」



ふむ、と納得した雰囲気が声から伝わる。

面倒くさい奴とは思うが、これからものを頼む立場になるので間違っても言わない。

ただちょっとだけ、表に出ろって言いそうになった自分に自己嫌悪する。



「誰かがその式を勝手に使っているかも知れんからな、念のため確認しなければ」





「……うざ。まぁ、それで最近はどうですか」


「別に変わりはない。ただ玉葉和歌集の原本をどこかにやってしまったみたいでな、見つからんのだ。お前…持ってないだろうな。わたしはあれに載ってい…」


「ない、持ってない、興味ない。…社交辞令頑張ろうと思いましたけど、あなたのそのどうでもいいところで疑い深い性格はやはり無理です。後、男のくせにその細かいところ…どうかと思う。学者ってのは皆そんな感じなんですか」


「有識者と言って欲しいものだな」


「皮肉も通じやしねぇ…」



ため息をつくと、ちょうど声を発する紙の向こう側からガサゴソと物音が聞こえ始めた。

慌ただしい。



「すまないが、こちらも暇じゃない……お前のように」


「……。そうですか、私は年がら年中暇です」


「で、用件は?」


「黒い痣ができる病をご存知で?忌避される病だと思うのですが…」


「病と言うのは、どれもこれも忌避されるものだろう。だが…」



襲衣の声色に緊張の色が混じった。



罪垢(ザイク)か、恐らく。お前が蛇殿の元にいて、そんなことを聞くと言うなら。どうせ、紫寿殿のことだろう」



何もかも見透かしたように言い放つ襲衣。



「知っておいでで!?」



話に引き込まれた吹雪は更に聞き出そうとするが。



「悪いが、もう終わりだ。後は自分でどうにかすると良い」



ぶつり、と途端に通話が切れる。

名前は分かった。

後は、今ちょうど手元にある本で探せば良い。

しかし…―――。



「100何歳になったって言うのに、何であんな忙しそうなんでしょう。家でごろごろしてれば良いのに」



自分のように…と自虐に走り始めたところで、目的のページに辿り着いた。


でかでかとした字で書かれた文字…【罪垢】。

その文面に吹雪は素直に目を落す。





―――……………。





罪垢ざいく

一に、罪垢とは元々は罪悪を垢に例へし罪による穢れを指す。

一に、体に黒き痣が増え、痛みを発す。

一に、死の直接の原因は衰弱死、又は狂死となりたり。

一に、現世の罪により患う病なり。






一段一段読む度に気が重くなっていく。

罪とは穢れだ。

穢れとは伝染する。


だから、自分の身から引き剥がし捨てたのか。


あの人が?

これは全て感情論。

何故か身内の潔白だけは常だと思っている。


それに穢れが伝染するなんて本気で考えている人がいるのか。

体面を気にしてそんなことを言うかもしれないが、他はどうだろうか。


いや、そんな風に思うのもまやかしか、私が田舎者、世間知らずゆえ。

一般的な考えとしては、きっと穢れは伝染する。


…信じたくない、だから信じない。

もうそれで良いではないか。



「…怖いけど、やはり蛇殿のことや紫寿様のことを知っているのは……女中ですよね」




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