12
吹雪は感嘆した、何てレベルの高い女中だ、と。
あれから一言二言、会話を交じ合わせた大白蛇と吹雪だったが、それも束の間。
すぐに女中が現れ、あれやこれやと世話をしてくれた。
おかげで今は朝餉にあり付けている。
「ところで蛇殿様、兄上はどこへ行かれたのですか?」
「宮中だ、一人で行かせた。お前が心配する必要はないぞ」
吹雪はさらりと言葉を返した大白蛇に驚愕した。
「あ、兄上を一人で!?大丈夫ですか、それ!兄上…苛められるのではないですか!!」
箸を止め、興奮気味に吹雪が言う。
その言葉を一瞬遅れて、大白蛇は理解する。
理解すると同時に口元に僅かに笑みが生まれたが、すぐにそれを扇で隠した。
「お前は…兄を少し信用したらどうだ?私が少し贔屓したところで舞雪は押しも押されもせんぞ」
「うそ…兄上ってそんなに凄いんですか…?」
「陰陽師としてか?…まぁ、まだ何とも言えない……と助け舟を出しておこうか」
吹雪の期待はすぐに萎んだ。
やはり兄は兄だ、と再確認する。
「だが、流石は件の血筋。今や舞雪の予知夢を知らぬ者はいない。重用されているよ、あれは」
「予知夢…そんなの先天性です。努力も何もないのに」
「人は才能に惹かれるものよ。泥臭い努力など…犠牲と比べ報酬は少ないものだろう」
なるほど、と吹雪が頷く。
その様子を大白蛇は両目をうっすら開けて見る。
ゼロ距離、で。
「ちっっっっ近いですよ、蛇殿様!!」
頬を染めた吹雪は大白蛇から逃れるように下がる。
慌てていた吹雪は恐らく気付いてはいない。
大白蛇のその左目を悠々と泳ぎ、右目の瞳孔に迫ろうとする、眼球の上をのた打ち回る黒い蛇に。
「な、なんなんですか!今まで普通に話していたではありませんか!!」
荒い息を整えながら吹雪がそう言うが、大白蛇には全く動揺の色も何も見えない。
扇で隠したその口元には上品な笑みが浮かんでいるに違いない。
「あぁ、お前が本当に美しくなったと思ってな」
恥かしげもなく、自然に話す大白蛇の代わりに吹雪が更に赤くなる。
「それで私はどう反応すればいいんですかッ!」
「肯定すれば良いさ。それでだな、会う前はお前を妾の一人にしようと思っていたのだが…やはり正妻にしようと思ってだな…どうだ?」
部屋の隅に居た女中が目を光らせた。
その眼光に吹雪は怯むが、大白蛇のところからはその女中が見えないので説明のしようがない。
「どうした、吹雪…?」
「いっ、いいえ…何でもございませんよ」
「そうか。で、返事は?」
「なっ、馬鹿じゃないですか。ずっと言わまいと思っていましたが、あんた馬鹿だよ!」
「ほほう。で、返事は?」
決まっているだろう、とばかりに吹雪が大きく口を開けた。
が、声はない。
赤らめていた頬を平常の色に戻して、開いた口を吹雪は閉じた。
「風流人であるあなたが答えを急くのも妙な話で御座いましょう…」
真剣な面持ちをして言う吹雪に、それもそうだなと大白蛇は頷いた。