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いたい、ただひたすら…痛い。

手が足が顔が、痛い。

頬にしみる様な痛みが走る。



「……っう」



押し殺していた嗚咽が唇から漏れる。


頬から伝う沁みるものは、きっと涙だ。

それを知っていても私にはどうすることもできない。

これはただの過去だから。


視界に入る己の髪すら邪険にし、手は前髪を振り払った。

しかし、その手は普通の肌の色をしていなかった。



「なん、なんでっ…どうしてっ…!」



止め処なく流れる涙、頬の痛みは一向に治まらない。


薄暗く、最低限のものしかない室内。

視界の隅々に映るそれらを見て、状況が分かってきた。


がむしゃらに腕を振り回せば、机の上に置いてあったものを全て畳みの上にぶちまけてしまった。

何かが割れる音が響き、やっと動きが止まった。

放心したように動かない。


やがて深いため息をつく。



「分かってる、分かってるわ」



落ち着いて聞けば、この声…聞いたことがある。

しかし、今やその声は記憶にある声とは違い擦れていた。

泣きに泣いてこうなったのだろうか。



「そう…!言う通りよ、こんな…こんな姿見たくないでしょうよ、見せたくもないんだもの!」



自嘲気味に笑いながら、机から落として割れたものの欠片を拾う。

それは姿を映す、鏡だった。

鋭い切っ先に手を伸ばす。

その覗き込む様な体勢。

鏡に映った顔は、一瞬誰か分からなかった。


それは確かに…紫寿の顔だった。

しかし、その顔。

黒い痣の様なものがいくつも浮かび上がり、元の容貌を想像するのが難しい程に変わり果てていた。


呼吸が止まるかと思った。

それは紫寿の呼吸ではなく、私の呼吸が、だ。



「…何が罪か?そんなの分かってるわ。私みたいな下女があなたの隣に居たこと。それが罪なんでしょ?」



鏡の破片に映りこんだ顔を紫寿は指先でなぞった。

切っ先を撫でると指先から赤い血の玉が生まれる。



「―――でも。それでも、それでも…あなたのことが好きなのよ、色男さん…」



縋りたくてもどこにも縋るれるものがない。



大粒の水滴が鏡の破片に降り注ぐ。

怒りと悔しさと悲しみと、愛しさで歪んだ顔はぼやけてやがて何も見えなくなった。











目が覚めた。


頬に当たる枕が冷たい。

それもその筈、私は泣いていたようだ。

その証拠に視界がぼやけている。

だから、目の前にいる人物が誰か分からない。



「お前は子供だな、吹雪。夢で泣くなよ…」



狩衣を着た、蛇殿様だった。

小馬鹿にするように笑っているのに、頬の涙を拭うその手は優しかった。



「何を見たか…分かるのですか?」


「分からん。占じれば分かるかも知れんが、占じて欲しくはあるまい」



身を起こすと、蛇殿様が小さく歓声を上げる。



「随分激しく寝たようだな」



言われたことに疑問符を浮かべつつ、取りあえず自分の衣を見る。

…肌蹴に肌蹴ていた。


言いたいことは山ほどあるが、分が悪い。

黙って衣を正す。



「昨晩、どこぞの男でも呼んでいたのか、ん?どうなんだ、吹雪…」



昔を振り返る。

この人は確かに意地の悪い人だった。

だが、私にはいつも優しかった…はず。



「よく言われますね。蛇殿様こそ、昨日もどこぞの女の元に通ったのでは?あなたは稀代の女泣かせですね、ほんと」


「…ほう。口が達者になったな、吹雪」



褒められたのか、いや…絶対馬鹿にされたのだな、今のは。


蛇殿の伏せられた目蓋の奥にある瞳は見えない。

だから、何を考えているかも分からない。

でも、きっと馬鹿にされたのだろう。

だって彼は今、私の頭を撫でているのだから。


子供扱いされているようで嫌だったが、この人から見れば私は何時まで経っても子供なんだろう。


でも、物凄く不快であると顔には出しておいた。


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