8
早歩きで渡廊を通っていると、目の前に猫が躍り出てきた。
それもただの猫でない、究極のでぶ猫である。
ふわりとした足裁き、揺れる腹肉。
足についた肉球は足音を消す。
そして、あの憎たらしくも可愛い顔を回らない首の肉をだぶつかせてこちらを見る。
思わず歩を止める。
夢で見た限りではおそらくこの猫は夢で見た猫の子孫。
可哀相に…またこれも蛇神の餌なのだろう。
蛇神とは大白蛇の家が代々飼っている象の首も絞め落とすのではないか、と思えるほど巨大な蛇のことである。
アオダイショウを数倍にした感じのその体躯は、きっと蛇好きすら一瞬ドンびきさせるだろう。
まぁ、現実的な蛇ノ池の大蛇だと思って頂ければそれが正解だろう。
件の家でも牛神と呼ばれる牛を飼っているが、これは最近先代の牛神が死んだばかりでまだ可愛らしい捕食される側の背肉が美味しそうな今日この頃の子牛である。
「……」
「……」
猫は(当然だが)もの言わず、じっと私を見てくる。
憂い奴め。
捕まえようと一歩踏み出すと猫の肩が震えた。
不味い。
このまま動けば逃げられる…もしこの猫が巨体に似合わない俊敏な動きを見せたら終わりだ。
ここは…あれしかない。
でぶ猫のために道を空けました、と言わんばかりの様子で端に寄りそこで初めて歩き始める。
びくり、とまた一瞬だけ肩を震わせる猫。
様子を伺う様に私を目だけで追う。
数歩歩くと、猫の視界に私が入らなくなったのか、猫は緊張を解いたかのように身体を伸ばした。
今だ、今しかない。
踵を返して、油断しきった猫に抱きつこうとしたが、急ぐといつもいいことがない。
滑った…それはもう、つるりと。
そこから時はゆっくりと流れた。
この猫、見かけ通りののろさである。
何が起こったかは分かっていても尻尾一つ動かせない。
上半身が床に接近していくが、重力には誰も逆らえない。
だが、ここで一番不幸なのは猫だ。
なぜなら今まさにこの一瞬、私の頭と床とに挟まれ、無残な声をあげているからだ。
にぎゃああっぁぁあぁぁ。
びたーん。
頭をひどく打った。
ついでに言うと膝の皿が大破損。