第2話 血
「せ、正義の弾丸だ!!」
その声は不思議と村中に響き渡っていた。
そんな言葉が聞こえきて村には静寂が訪れた。数秒遅れて村中が騒然とした。
マリの家も例外ではない。いつもは穏やかな女性もこんな時に限っては、慌ただしく動いていた。女性のそんな様子を見たことがないマリは驚き、何かしないととアワアワとしていた。
「おばあちゃん、私は何をすればいいのぉ」
言葉に不安さがにじみ出ていた。
そんな愛しの孫を見て、女性は冷静になる。
「大丈夫だよマリ、静かになるまでここに入っていなさい」
「おばあちゃん?」
女性が開けたのは、壁の中に埋め込まれていた隠し部屋だ。マリは生まれてから、ずっと過ごしてきた家に隠し部屋があったことに驚きつつ、何が起きているのかが知りたかった。
「何が起こったの?」
「大丈夫だよ。少し危険な動物が入って来たんだよ。私も討伐に行かなくちゃいけないから、マリは騒ぎが収まるまでここに居るんだよ」
「ついて行っちゃだめなの?」
「危険だから駄目だよ。これでも私は強いから、安心して待っていなさい」
「……うん」
マリの中で一番強い存在である女性のことを信用して、隠し部屋の中へと入っていく。閉じていく扉越しに見える女性の顔は、とても優しく見えたが、その裏には悲しみが感じ取れる。しかし子供のマリには優しさしか感じ取れていなかった。
「ふぅ、マリだけは守らないとねぇ」
と呟いて女性は家を後にした。
村の果てには地獄が広がっていた。
「撃てェ!!」
リーダーらしき男の号令に合わせて、【正義の弾丸】の者たちは引き金を引いた。淡く光る銃身、人間が持たざる力であるはずの魔力が込められていた。
そしてババババッと弾幕が張られる。
「くっ――当たったら、防御結界を破られる!!」
本来魔女は防御結界によって肉体を保護していて、重火器程度では傷を負わないはずだった。しかし魔力によって強化された弾丸は防御魔法を破り、肉体を傷つけられてしまう。
すでに前線を張っていた歴戦の魔女たちが、【対魔女小銃】によってハチの巣にされていた。身体中に穴が開き、魔法の行使を手助けしてくれる杖は血にまみれて、朽ちていた。
しかし魔女もやられっぱなしではない。魔力によって作り出された超常的な物質による攻撃は、【正義の弾丸】の構成員を見るも無残な死体へと変えていた。
そこには血の匂いが滞留し、淀んだ空気が蔓延している。その場は戦場に慣れていない者の吐き気を催し、意識を飛ばす地獄と化していたが、生きた人員はどちらの陣営ともにピンピンとしていた。
「被害はどのくらい出ているんだい」
マリの縁者である女性が、戦場にて指揮を執っている女性に話しかけた。
その女性の額には汗が滲み、息が上がって限界という様子だ。
「はぁはぁ、すでに半数が討たれ、大多数が怪我を負っています。それなのに、相手の4分の1すら削れていません」
「まあ、そりゃあ厳しいね」
「……緊急時のマニュアル通り、連絡をしましたが、それまで耐え切れるとは思いません」
二人が話している間も、前線では激しい攻防が行われていた。
【対魔女小銃】による弾幕に魔女たちが倒れ、対抗するように魔女たちは魔法で人間たちを葬っていく。しかし魔女たちは、【正義の弾丸】の数の暴力によって、着実に数を減らしていた。
「私たちも前線に出て、陣頭指揮を執るべきか……」
「では、私が前に出ます!! ――さんは後方で指揮を執るのをお願いします」
元々指揮を執っていた女性が、マリの縁者の返事を聞くことなく、走って行ってしまった。
当然指揮を執っていた者が前線に訪れれば、集中砲火を受けるのが自然の摂理である。魔女を面で制圧しようとバラバラの方向を狙っていた【対魔女小銃】が、一斉に指揮を執っていた女性に向いた。そして一斉射撃が行われる。
最初の数発は魔法によって弾けたものの、それが数十、数百ともなれば防ぐことは不可能だ。最初は頬を掠め、足を撃ち抜かれてしゃがみ、苦悶の表情を浮かべている顔面へと集中砲火が浴びせられた。
美しかった女性の顔は見るも無残なハチの巣にされ、真っ赤な肉塊という表現が最適な物体へと変貌してしまった。
「私なら、防げたのう……マリ、こちらへ来るのではないぞ。“アクア”」
女性は杖を使って水の塊を創り出す。
巧みに杖を動かすと、水の塊は弾丸状へと変化していく。
そしてそれが消えた。
否、消えたのではなく人の認識できる速度を超えて移動したのだ。
超高速で移動した水の弾丸は、【正義の弾丸】の後方に着弾した。そして爆発が起き、後方の軍勢は一撃で壊滅した。
「腕が鈍ってなくて、良かった」
「あいつが敵の首魁だ!! 優先して狙え!!」
水の弾丸を運よく生き残った指揮官が号令をかける。軍勢は目の前の魔女を無視して狂ったように進軍を始めた。その身で魔法を受け、足を失えば這いつくばり、腕を失えば口に【対魔女ナイフ】を噛んで特攻を始める。文字通り狂った進軍が続けられた。
あまりに理解不能な進軍を行う人間に、魔女たちの間に恐怖の感情が蔓延した。そして恐怖は律せられた隊列に歪みを生む。
「まずい! アク――」
マリの縁者は隊列の乱れを見て、咄嗟に魔法を使おうとした。しかし【正義の弾丸】が魔女の隊列を貫く方が速かった。魔女たちは人間の狂気に呑まれ、次々に命を落としていく。魔女たちが最後まで抵抗したことで、人間たちの数は大きく数を減らしていたが、それでもマリの縁者一人で抵抗できるほど少ない数ではなかった。
「くっ――」
マリの縁者の女性は戦場に背中を向けて、家を目指して走り出した。
「あいつが最期だ! 撃てェ!」
数百の弾丸が集中して放たれる。
しかし運よく一発も当たることなく、家まで帰ってくることができた。
「マリ、その場で聞いてくれ。これから入ってくる人間たちは敵だ。次に開けるのはマリが優しいと思った声が聞こえたらだ……最期に、愛しているよ」
鍵のかかったドアを蹴破って、先ほどの指揮官が入って来た。男の手の中には【対魔女小銃】があるため、逃げることは不可能だ。
「慌てて部屋に入るなんて怪しいですな」
「お前らみたいなクズに渡す物なんてないよ!」
「ふむ、その背中で隠しているところが怪しいですね。退けっ!」
「うっ――」
マリの縁者は蹴り飛ばされ、背中に隠していた扉が露わになってしまった。
「ここに何を隠していたのかなっ!」
男は扉を開けた。
そこには……一振りの杖が大事そうに保管されていた。
「これは、これは、だいぶ価値がありそうな杖ですねぇ」
「お前みたいな下種が触っていい代物じゃないんだよ!!!」
マリの縁者が男に飛び掛かる。
いくら人の域を超えた能力を持てど、人が銃を撃つより速く移動できる動きはできない。つまり女性の身体はハチの巣となった。
血が舞い、狭い部屋中に真っ赤な血が散布されたような状態となった。
「汚い。帰還するぞ!」
男は杖を興味深そうに見ながら、部屋を後にする。
人の死は突然訪れる