第1話 平和な村
――とある平野に位置する平和な村。
「おばあちゃーん」
「どうしたんだい、マリ」
程よく温かい風に揺られながら、椅子に座ったお年寄りの女性の下にマリと呼ばれた少女が駆け寄ってきた。その小さな手の中には、同じように小さな花の冠が大事そうに抱えられている。
「見て、お花で冠を作ったんだよ!」
「おー、随分と奇麗にできているじゃないか。どれ、私が被せてあげよう」
椅子に座った女性は、自慢するように突き出された花冠を受け取ってマリの頭に被せようとした。しかしマリは突き出した手を戻し、自身の頭に被せられることを拒否する姿勢を示している。
「これは私が被るんじゃないのォ! おばあちゃん、頭を下げて」
「頭を下げればいいのかい?」
これから何が起きるのか分からない様子の女性だったが、愛おしい孫が自分に害するとは思えないため、素直に頭を下げた。その姿は騎士が王に忠誠の証を示しているようであったが、当事者が老婆とまだ幼い少女なため、微笑ましい光景に見えていた。
「はい、これでおばあちゃんもお姫様だね!」
「おや、おや、私がお姫様なのかい? それは嬉しいねェ。でも次はマリがお姫様になる番だよ」
老婆は己の頭部に置かれた花の冠を壊さないように優しく持ち上げると、マリの頭へ優しく被せてあげた。
「私もお姫様? お姫様みたいに可愛い?」
マリはその場で回転し、ワンピースを少しはためかせながら、自らの可愛さをアピールした。
「そりゃあ、この世の誰よりも可愛いよ」
「やったぁ!!」
マリはその場で手を挙げて、ピョンピョンと跳びまわりながら喜ぶ。ほぼ跳んでいないに等しいジャンプだったが、そこを気にする者がこの世に存在するとは思えないほど、微笑ましい光景だ。
「おや、そんなに嬉しいことがあったのかい?」
「――おばさん!」
近くの道を通った女性が二人に話しかけて来た。その女性は椅子に座った女性ほどではないにしろ、ある程度はお年を召しており、おばさんと呼ばれることに不快感を抱かなくなる年齢に達していた。
「私ね! お姫様みたいに可愛いんだって!!」
「確かにマリちゃんはお姫様みたいに可愛いよ」
「おばさんもそう思うの!? やったぁ!!!」
さっきよりも高く跳んで喜ぶマリ、そんな少女の可愛らしい様子を見守る二人の女性。そんな平和な日常は一生続くと思われていた。
◇◇◇◇◇
「おばあちゃん、今日は何する?」
「そうだねェ……畑の手入れでもしようかねェ」
「じゃあ手伝うね!」
「お願いするよ」
二人は家の近くにある畑まで歩いて行った。
その短い道でも二人の間から楽しそうな会話が弾んでいて、近くに住む別のおばさんは微笑ましそうに見つめていた。
「私は水やりをするから、マリは草むしりを頼むよ」
「わかった!!」
マリは腰を曲げ、小さな手で精一杯草をむしっていく。「うんしょうんしょ」と口から漏れ出る光景はとても可愛らしく、女性は水やりの手が止まっていた。
しかし水は植物へと降り続けている。
「“アクア”」
「いいなぁ……私も魔法を使いたいなぁ」
【魔法】、魔女の身体を廻る魔力を代償に発動させる超常現象のことを指す。
しかしこの村において魔法は日常であり、平凡である。
「きっと使えるようになる。私も気づいたら使えるようになったからねぇ」
「そうかなぁ? 早く使えるようになりたいなぁ……」
マリは呟きながら草むしりを続けていた。
積み上げられた日常が崩れる時は一瞬であると、経験がなければ知ることはない。
◇◇◇◇◇
村々の建物が途切れた先にある平野、そこでは統率の取れた足音が一定間隔で鳴っていた。
「せ、正義の弾丸だ!!」
その日、マリは日常というものは簡単に崩れる儚い存在であることを知った。
そして血というのは臭く、熱いものであることも知ることになる。
平和は簡単に崩れてしまう儚いものである