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さようなら御姉様(3)


 それから勇気を出してキョクチョウさんに電話をして月に三回程会う仲になった。


 キョクチョウさんはゲーム会社の代表取締役らしくて、今は新作乙女ゲームのプロデューサーらしい。この話を聞いた時はやっぱり別次元の人間だったんだと納得した。


「いや社員も三人しかいないし、インディーズゲームだからそんな仰々しいものじゃないよ」


 そう謙遜していたけど、自ら会社を設立して企画から脚本にシステム制作に営業周りほとんどを熟す人は仰々しいなんて言葉で片付けられない。


 キョクチョウさんはこの新作乙女ゲームを作りあげたい為に元々いた会社を辞めたらしい。私でも聞いたことある上場企業の中間管理職だった。私だったら夢のために好待遇の場所を捨てられないだろう。


 キョクチョウさんは大切な約束があるから作りたいんだって。


 つまり自分の為じゃなくて、誰かの為だ。この人はいつだって誰かの為に動いているんだ。


 キョクチョウさんの身の上話を聞くたびに自分との対比が酷くて、まるで私の人生は滑稽だと言われている気分になる。反面、この人の人生を知って、この人のようになりたいという憧れも強まっていく。


「音流さん良い事あった?」

「え? 何もないよ。どうして?」


 学年が変わって、キョクチョウさんを見習ってコミュニケーションをしたらできた友達に、昼食時に言われた。


「うそだー、最近楽しそうにしてるよ」

「そうかな?」


 キョクチョウさんの真似をちょっとするだけで、他は別にいつも通りにして過ごしているだけだ。


「あ、わかった。彼氏ができたんでしょ?」

「私にそんな人はいないよ」

「うそだー、じゃあどうして最近楽しそうなのよ」

「んー、おしえなーい」


 学校が苦ではなくなった。


「え? テスター?」


 いつもの喫茶店でキョクチョウさんは手を合わせてお願いしてきた。


「そう! 生の女子高生の声が聞きたいんだよ! まだ終盤まで出来ていないけど、やってくれないかな」


 キョクチョウさんの目にはクマが出来ていて、目も充血している。多忙を極めているのが表情から見て取れる。


 少しでもこの人の力に成れたらいいな。だから二つ返事で返すのだ。


「やります!」


 乙女ゲームは妹がやっていたのを貸してもらったことがある。綺麗な男子が複数人いて冴えない女性主人公と恋愛していくゲーム。それくらいの認識。


 キョクチョウさんが作っていたのは洋風ものの乙女ゲームで、主人公がネェルという幸の薄そうな主人公だった。攻略対象に第三皇子様のシャルルに、専属執事のヴィクトルに、主人公の姉の婚約者のフィリップに、異母兄のカミーユがいた。どのキャラも格好いいデザインで、更には癖があり、キャラが立っていた。


 でも私が一番心を奪われたキャラクターはこの攻略対象ではない。

 一番心奪われたキャラクターはグウェンドリンだ。


 グウェンドリンは主人公の異母姉で、どの攻略対象のストーリーにも絡んでくる意地悪な姉だ。要は簡単にヘイトを集められる悪役で、大体グウェンドリンの意地の悪い思惑は主人公と攻略対象によって打ち砕かれる。


 それでもグウェンドリンは諦めない。果敢に立ち向かってくる。最初は姑息な手段を講じてくるが、実はそれは主人公の母が脅迫して指示していたことで、最終的にはもはや紳士的とでも言っていいくらい潔くなり正統派なライバルになる。


 まあ憎めないキャラなのだ。


 このゲームは恋愛ビジュアルノベルの部分もあるけど、事あるごとにダンスバトルが挟まれる音ゲー要素もある。最後は舞踏会でダンスバトルをするのだけど、グウェンドリンが強すぎて勝てない。


「キョクチョウさん、これ強すぎますよ」

「やっぱそうかな」


 グウェンドリンはダンス会の頂点に立つ人間だし設定上強くしているらしいが、勝てない為にストーリーが進まない。


「だから言ってるでしょ! 乙女ゲーなのにPSプレイヤースキル求めてどうするんです!」


 私がテストプレイしているデスクの反対側で作業しているプログラマーのヤシロさんの声がした。


「わーかったわかった! 耳がタコになるほどに聞きました!」


 二人はいつも口喧嘩していて仲が良さそうだった。


「でもなあ、グウェンはやっぱ強くないとなあ」

「設定上はそうですけどクリアできなきゃ意味ないでしょ!」

「でもでも高い壁の方が上り甲斐あるくない?」

「あんた死にゲーつくってんのか!?」


 前だったら怒鳴り声が苦手で、こんな雰囲気でも笑わなかったのに自然と笑顔がこぼれた。私の笑顔を見て言い争いをしていたキョクチョウさんも笑ってくれた。


 ゲームの完成、マスターアップはそこから三か月かかった。結局グウェンドリンの強さはストーリー上で拾うお助けアイテムをプレイヤーが任意で使うことによって強さが変わることになった。


 ゲームが完成したと一報が入って、下校後私はいの一番にキョクチョウさんの会社に向う為に駅で電車を待っていた。 


 私が一番グウェンドリンに惹かれていたのは、彼女がキョクチョウさんの生き写しのような性格をしているからだ。理不尽なことに首を突っ込み、それを負けだと分かっていても毅然と立ち向かう。最後の最期まで諦めない綺麗な姿。どんな困難でも乗り越える姿。


 私がなりたい私だった。


 姉でありつつ、姉としても人間としても完成されたようなキャラクター。それがグウェンドリン。


 ヤシロさんから裏話で聞いたがネェルも主人公だけど、もう一人の主人公はグウェンドリンらしい。


 キョクチョウさんの大のお気に入りがグウェンドリンだからって言っていたっけ。


 キョクチョウさんとお揃いの推しでちょっと嬉しかったな。


「おい」


 低い声がした。


 次に声に振り向く間もなく背中に衝撃が走って、私の身体は線路へと投げ出された。


 ゴチン! と、鈍い音がなって額に大きな痛みを感じた。


「お前のせいで、お前のせいで俺は会社を。お前が悪いお前が悪いんだ」


 朦朧とする意識の中背中越しにそんな呟きが聞こえる。


「線路に人が落ちた!」「どうすんだ?」


 色んな声が聞こえる。そこに電車が来る音が線路伝いに聞こえる。 


 動けない。意識が途絶えそう。


 私の人生はここで終わりなの? 


 ポツリとそんな絶望的な想像をしてしまった。おかげで走馬灯のように嫌な事を思い出す。


 学校は苦ではなかったが、家は依然として苦だった。環境は変われど、血のつながりと家族は変わらない。私があそこにいる限り、私は姉であるのだ。良き姉として、望まれる姉としては演じきれない自分が現実だと言っている。


 グウェンドリンみたいになりたかったな。


 キョクチョウさんみたいになりたかったな。


 でも私はグウェンドリンになれないし、キョクチョウさんみたいにも振舞えない。


 私は何も変わらないし、変えられない。


 ずっと傍観者で、誰かの愛に飢えた寂しい人間。


 もしも次があるなら、私のような二の舞を演じない人生が良いな。



13日 21:10投稿予定です。


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