結婚式と死の運命と終わりと(7)
「カミーユ?」
カミーユとヨランダを探しに行っていたグウェンが戻ってきていて、ポツリと呟いた。
「カミーユ!!!」
事態を把握したグウェンは火の中へと飛び込んでいく。そんな状態でもあたしはまだ動けずにいた。
罪悪感が身体を蝕んでいる。あたしが異世界転生のバトルを望んでいたからだ。理想が現実になってしまった。望んでいたはずなのに現実になると、相違に面を食らうって何もできない。
本当はラインバッハ家でのグウェンとしての生活も悪くないと思っていたのに、どこか意地を張って心の奥底で願っていたから。だからこうなってしまった。全てはあたしのせいなのだ。あたしのせいでグウェンを悲しませたし、カミーユは火の海に消えた。
ここにいる全員を傷つけたのはあたしだ。
「無様ですわ」
その言葉を発したのはシュザンヌではなかった。今までどこにいたのか、煤も土埃もつけず汚れすらないネェルが発した言葉だった。
「ネェル、貴方一体どこに……いえ、無事で良かったわ」
ネェルの無事な姿を見てシュザンヌは悪辣な笑いを止めて、胸をなでおろしていた。
「御姉様、どうしてそんなに無様ですの?」
ネェルはシュザンヌの事を一瞥した後にあたしに歩み寄ってくる。なんらいつもと変わらない姿勢で、声色で、まるで日常の出来事の言葉のように言う。それが異質に感じたのはこの場にいる誰もであろう。
「ネェル? どうしましたの?」
「お母様少しお口を閉じていられますか? 今は私の番ですから」
「なっ、何を言っているの……ネェル?」
シュザンヌに口答えなんてものをしてこなかったネェルが見せた反発にシュザンヌは言葉を失う。
「御姉様、答えてくださいな。どうしてそんな無様な恰好で何もしないのですか?」
地に膝と手をついている姿が無様だと言うならば、あたしはずっと無様で良い。そうすることで誰かを救えるならば、無様で良かったのだ。だけどネェルはそういうことを言っているんじゃない。姿形もだが、心の在り様のことを言っている。
あたしの目の前まで来て見下すネェル。小さな体躯、小顔、そこについている血色のいい可愛い唇が動いた。
「中にいる人が不甲斐ないんでしょうね」
唐突に出てきた言葉の意味を理解できなかった。
「御姉様。いえ中にいる人、アナタに言っているんですよ?」
冷めた瞳で、熱のない言葉であたしに語り掛けている。グウェンドリン・ラインバッハじゃなくて、あたしにだ。
元々グウェンドリンではないと見抜かれるんじゃないかと危惧していた。だけど元から破天荒を極めた性格をしていたので、なんとか免れてきた。だけどほぼ毎日一緒にいたネェルにはあたしとグウェンの違いが分かったのだろう。だけど、なんで今。
「いつから……」
「いつから? 最初から違和感がありましたわ。御姉様に似ていたので確信を持てませんでしたけど、今日ようやく確信がいきました。御姉様はそんなに無様じゃない。御姉様はそんな行動をしない。御姉様は地に伏しても果敢に立ち上がり、どんな時も後光を力に変えるお人。お前は御姉様の姿を借りただけの醜い存在。どこにやった。御姉様をどこにやった!」
ネェルの余裕があった表情が崩れていき、嫌悪感剥き出しにした表情になり肩で息をする程に叫んだ。
ネェルのグウェンに対する異常なほどの妄執を感じる。
「ネェル、とにかく落ち着」
「黙れ! その顔で指図するな! お前は御姉様じゃない!」
「っつ!」
ネェルがあたしの手を踏みつけた。心の薪を燃やす為のスイッチが入ったネェルは続ける。
「お前が御姉様を、グウェンドリンを汚した。私の好きなグウェンドリンを汚した! グウェンドリンは孤高で至高の存在でなければならないのに! 唯我独尊なのに! 土下座なんてしないのに! 誰にも屈しないのに! お前のせいで! お前のせいで!!!」
手の甲に血が滲みだすほどに地団太を踏み、強く踏みにじられる。
その痛みがあたしの冷静な部分を引き出した。
「唯我独尊?」
「そうよ! たった一人の尊い存在よ!」
この世界には神は女神様しかいない。だから仏様がいないこの世界には、この熟語はこの世界に存在しない。更に言うと土下座なんて言葉もない。なのにネェルは熟語も意味も知っている。
それらで予想できることをあたしは口にした。
「まさか……あんたも転生してるの?」
あたしの言葉にネェルの眉根がピクリと動いた。
「お前が来るまで順調だったのに、私の理想のルートだったのに! グウェンドリンを最も美しく魅せることができるはずだったのに! お前のせいで! お前が来たせいだ! こうなっているのも、こうしなきゃならなかったのも! 全部お前のせい!」
それは自白したも同然だった。ネェルが転生者? いつから? 少なくともあたしよりも先に転生している。もしかしてネェルフアムとして生まれた時から? だとすればネェルはずっとグウェンを陥れようとしたいたんじゃないか。
ネェルフアムとして転生していたとして、前回のグウェンの人生も同じように転生してグウェンの人生を言い様に操っていたとすれば? ネェルが全ての黒幕だと仮定したら全ての辻褄が合う気がする。
ネェルを溺愛しているシュザンヌを操つるのは造作もない。ネェルのお願いをシュザンヌは何でも受け入れるだろう。そうして間に取り入ってシャルを奪って、グウェンを処刑台に乗せたんだったら。
いや待て。そうだとしてもネェルがグウェンの未来を知っていないと、成り立たなくない? 綿密な計画を練ったとしても、計画が必ずといって成功するはずもない。未来を知っているあたしがこの様なんだから、容易ではないはず。
何か、何かネェルは未来を確信できる情報を持っている? 魔術? 魔法?
「お前のせいだって言ってんだろ、何とか言えよ!」
激昂しているせいかもう言葉遣いもネェルフアムではなくなってしまった。
ネェルはずっとグウェンに執着している。グウェンドリン事態を昔から知っている物言いだ。転生した時から知っているからこそなのだろうが、だとしても歪み過ぎている。それに言葉に違和感がある。
「あんたは誰なの? どうしてグウェンにそんなに執着するのよ」
「誰だっていいでしょ。私はあんたが誰かなんてどうでもいい。あんたがグウェンドリンを汚したことが気に食わない。グウェンとしてシャルルと結婚? 何正規のルート辿ろうとしてんのよ。あたしの転生で、あんたの思想ぶつけてくんな!」
違和感の正体がはっきりした。ネェルはグウェンの行きつく先を知っている。
あたしが知っているのはグウェンが処刑台に送られること。それはグウェン本人の正しい未来じゃないのは、あたしの存在が証明している。本来の未来はグウェンとシャルルがくっつくことなんだろう。それがネェルのいう正規ルートだ。
転生物に詳しいあたしは理解してしまった。
恐らくこの世界は……。
「この世界……元々乙女ゲーなの?」
6日 21:10投稿予定です。
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