さようなら小娘
最初はただの蟠りだった。
海を越えた先にあるド田舎の島国からやってきた、気が利いていつも太陽のように明るい女。
同い年で隣の席で、あの女………ジャンヌがこの国で初めてできた友人として私は認知されていた。
田舎の臭いが染みついた土臭い女だったから、嫌味を言って優雅さを教えてやったら、まさかそれを友好的に捉えらるとは思ってもいなかった。
「これでいいかな?」
「ま、まぁ? よくなったんじゃなくて?」
「シュザンヌちゃんのおかげだよ。ありがとう!」
どれだけ悪態をついても、人懐っこい犬のように笑顔を振りまいて感謝を述べる。ありがとうという等身大の言葉に絆されていた。
「べ、別に私は何もしていませんわ………」
「ううん! シュザンヌちゃんが言ってくれなかったら、あたしは無礼だったんだもん。じゃなかったらあのジャン君と決闘することになっていたしね」
それは私とクレマンティーヌとナディアでこの女を陥れようとした噂に火が点いて、皇帝の甥であるジャンと決闘する寸前まで延焼してしまったことを言っている。ジャンヌをちょっと驚かせたかっただけだったのに、思っていたよりも騒動が大きくなって私は怯えていたが、ジャンヌの性格が噛み合ったのかなんとか鎮火したのだった。
ジャンヌは義がある誰かの為ならば自分の身を犠牲にしてでも行動する逞しい人間だった。
逞しいということは、生命力に溢れているということだ。生命力に溢れた者は生物として最上位に位置すると私は思う。生きるという目的を持った生物に欠かせないものだからだ。だから、生命力に溢れた笑顔は大多数の人間を惹き付けた。もしかしたらあの時まで私もその一人だったのかもしれない。
「ごめん。俺には思い人がいるんだ」
全てのシチュエーションを整えて、幾多の行動をしてきて好感度を上げてきたはずなのに、意中のイザーク様に私は一度振られた。
「そ、そうなのですか………あのど、何方ですの?」
「それは………言えない」
イザーク様は誤魔化されたけど、それからイザーク様を目で追って気がついた。
イザーク様の思い人はジャンヌだ。
「シュザンヌちゃんは大切な友人だよ!」
「シュザンヌちゃんって好きな人いるんだ!? あたし応援するよ! 何かできることがあるなら言ってね!」
「イザーク君? 格好いいし良い人だよね! よく魔術を教えて貰ってるよ!」
かけられてきた言葉が頭の中で何度も何度も搔き回る。
私の気持ちを知っていて、あの言葉をかけていたのだろう。私が性悪女だと知っていて、身から出た錆と、ずっと嘲笑っていたのだろう。
私が遊び気分であの女を揶揄うだけに留まって、本気で追い出さなかったら私の恋路は実らなかった。
私の障害となる女だったのだ。あの笑顔は人を駄目にする。私を駄目だと罵っている。だからあの女から笑顔を奪わないといけない。私の事を嘲笑い、他人を意のままに操る悪しき笑顔を絶やさないといけないのだ。あの女こそが真の性悪女なのだ。
そう思ったらもう二度とあの笑顔に幸せを感じる気持ちはなくなった。
ただ鬱陶しい光だった。
あの女を学園から追放するために様々な手段を講じたが、まるで何かに守られているように庇護された。あぁあの女は幸運なのだ。そして私は今不幸で釣り合いを取っているのだ。調和の女神様は試練を与えてくださっているのだ。そう考えることで気持ちが楽になった。
結局学園を卒業してもあの女は幸せで私は不幸のままだった。
暫くしてあの女が死んだ。
生命力に満ち溢れたあの女が死ぬなんて思いもしなかった。
だが理由は傷心のイザーク様に会いに行ったら自ずと分かった。
幼くもあの女と瓜二つの小娘がいた。この小娘が生命力を吸ったのだろう。そして第二子を生んで、からっきしになった生命力が無かったのだ。あの女はどうせ無理した笑顔で「大丈夫」と微笑んだに違いない。
ざまぁみろ。
自分の部屋で心の奥底から湧き上がってくる止まらない笑いを続けながら、私の使命を思い出す。
それは二度とあの女を作り上げないように小娘から笑顔を奪わなければならないことだった。
「貴女は貴女の母の生命力を根こそぎ吸って生まれたのです。そのはしたないダンスが踊れているのも貴女が母を殺したおかげなのですよ」
片手の指で数えられる年齢の子供だとしても容赦はしない。私の心の弱さが私の不幸せを作り上げてしまったのだから………。
小娘はわんわん泣いて暴力を振るってきた。それまで割りと従順だった小娘がこれを機に私に反発するようになった。それはまた鬱陶しかったが、反発の代償として日常的に笑うことは無くなった。
ダンスを踊っている時も本気の笑顔ではない。誰かに挨拶をする時も作り笑顔だ。
なのに、なのになのに、あの小娘は順風満帆に我が道を歩んでいく。
止めなくては、歩みを、鼓動を、あの小娘の行きつく先を不幸にしなければ。
17日 21:10投稿予定です。
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