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結婚式と死の運命と終わりと(5)

「なぜ? なぜと申しましたか? どうして貴女が何故と言えるのです?」


 ヴィクトルの両目がクレマンティーヌを捉える。


 ヴィクトルはクレマンティーヌに近づいていき、抵抗できないクレマンティーヌの額に人差し指を当てて指を引いた。


 ずるりと可視化できる朱色の紐がクレマンティーヌの額から人差し指について出てきた。


 ヴィクトルは紐に息を吹きかけると、それは映像となって映し出された。


「なんで! 貴女言ったじゃない! 恩赦を貰えば幸せな生活が送れるって! なのにどうして私はラリアの名前を捨てなきゃならないの!?」

「あらそう解釈なされていたのですか? 恩赦とは罪人に与えるものですよ。ナディア先輩は本来大罪人なんですから、それくらいで済んだので良かったではありませんか。私の言う通りにしなければ頭と胴体は繋がっていませんでしたよ」


 映像に映っているのは黒髪の女性で、もう一人の声の主はクレマンティーヌだろう。おそらくこれはクレマンティーヌの記憶だ。


「騙したわね! このことをジャンに言いつけてやりますわ!」

「人聞きの悪いことを………シュザンヌ先輩こんなことを言っていますけど?」


 柱の陰からこの会話を聞いていた若き頃のシュザンヌが現れた。


「私達三人の仲だから手助けをしてあげたのに、恩知らずにも程がありますわね」

「何が手助けよ………シュザンヌはイザークと、クレマンティーヌはジャンに見染められたいだけじゃない! その為に私を利用したんでしょ!?」

「オーッホッホッホ、でしたらどうでして?」

「ハハッ!」


 ナディアと呼ばれた女性は乾いた笑いを溢すと、シュザンヌは眉を少し顰めた。


「狂ってしまいましたのね」

「アッハッハッハ! 違うわよ。あんたが滑稽でおかしいのよ!」


 シュザンヌの顔が不快に歪む。


「馬鹿ね、イザークはジャンヌに惚れているのよ。シュザンヌあんたとくっつく訳ないじゃない! てか今日にはくっつくわよ。私がそう差し向けたもの! こんなところで他人の不幸をあざ笑っているから、自分の幸せも掴めないのよ! アッハッハッハ!」


 一体何を見せられているのだろう。女性の………いいや人間の嫌悪する部分を見せられている。ただ、これはグウェンが生まれる一部過程なので目を離すことができない。


「クレマンティーヌ」


 視界が一度震えた。その呼び方があまりにも冷たくて、全盛期のシュザンヌは冷酷であると言葉から分かった。


「な、なによ………なにするつもりよ」


 ナディアと呼ばれた女性はたじろいでいる。


「いいのよ。今は不幸でも。いつかは幸福として帰ってくるのですから。ナディア、貴方も今さぞ幸せでしょうね。だって人を虚仮にして、自分は身分を捨てて幸せに暮らせるのですからね。だから、ね」

「い、いや近づかないで! 何するの! ねぇ! やめてこないで!」


 ブツリと映像は途切れた。


「こうしてナディアは呪いを付与された。それがなんの呪いなのかはかけた当人たちも甚だ理解していませんでした。呪いが発現したのは子を産んだ時であり、呪いは子に受け継がれた」

「ま、まさかそれって………」

「お嬢様の思っている通りです。つまり私のこの右目を呪ったのはクレマンティーヌとシュザンヌだ」

「じゃあ………復讐って、クレマンティーヌさんとシュザンヌに対して? でもそれだったらどうして今、狙うの。クレマンティーヌさんはいつでも狙えたじゃない」

「この女達はお嬢様を陥れるのと、自分がこの国の権利と自己の欲望を手に入れる為に都合の良い言葉で私を利用していたのです。自分が策士だと勘違いした薄汚い女達が絶望の顔に染まる様は誰もが欲するものではありませんか?」


 因果応報を実行したってこと……。


 ヴィクトルは出てきた紐を抜き取って手の中で丸めた。掌では球体が出来上がって、それに息を軽く吹きかけるとサラサラと火の粉になって大聖堂の中に消えていく。


 あたしの前に火の粉が被さった時に、さっきの映像がフラッシュバックする。


「なっ、なに今の」

「あ、貴方に備わっていたのは記憶を抜き取る魔術のはずでは………」

「そうですね。貴方が覚醒を促してくれた時に発現したのは記憶を抜き取る魔術でしたね。ただこの右目の呪いのせいか、それとも私の魔術の性質なのか、もう一つの記憶に関する魔術が発現しましてね。それが抜いた記憶を複製し分け与える魔術です」

「だ、騙したのね」

「それはお互い様ではありませんか。貴方もこうやって生きてきたんでしょう? 今更自分がされたから卑怯だと後ろ指を指すのは見苦しいですよ」


 ヴィクトルがいつものように莞爾に微笑む。


「それに貴女は自分のした悪事を白状する人間ではありませんよね? どれだけの人間を陥れてきて、どれだけの人間の尊厳を踏みにじってきたのでしょうかね。もしかしたら彼ら彼女らが私にこの魔術を与えてくれたんでしょうかね」


 クレマンティーヌの憔悴しきった表情が青ざめていく。


「や、やめて、何でもするから、貴方の為になんでもするから」

「ほう。では貴女の計画を全て吐露して頂けますか?」

「するわ。絶対にするから、だから助けて」


 クレマンティーヌは煤焦げた手を震わせながらヴィクトルへと伸ばした。


「貴女、嘘が下手ですね」


 ヴィクトルはその手を足蹴にして払いのけるとクレマンティーヌの頭に手を翳して、記憶の塊であろう朱色の球を抜き取った。それを幾つも複製していき、再びクレマンテーヌの頭に入れていく。


「あぐっ」


 また一つ入れる。


「ががっ」


 一つ入れる度にクレマンティーヌは身体を一度大きく震わせる。


 それが何度も繰り返されて、クレマンティーヌが動かなくなったところでようやく源泉である球を持ちながらヴィクトルは行動を止めた。


 クレマンティーヌは白目を剥いて目と鼻と口から液体を垂れ流しながら地に伏せていた。多分だけど、複製した記憶を沢山入れられて脳が耐えきれなくなったんだろう。おそらく生きていたとしても正常ではいられない。


 あたしはどうしても動けないでいた。理由としてはヴィクトルに正当性があるのかもしれないと思ってしまったからだ。


 クレマンティーヌは侍女を使ってあたしの手紙を盗っていた。あたしが舞踏会に行けない立場を作り上げていた張本人なのはクラリスの魔術で明らかにしてもらった。


 クラリスの魔術で脅迫をして王宮に出入りできなくしたので非道な事を侍女にしたとは思う。ただカミーユに頼んでラインバッハ家で匿って貰っているので、身の安全は王宮内にいるよりかは保障できる。


 だから他の人達にも同じようにしてきたのだろうと想像するには容易い。


 ただそんな人でも義母であり、致命傷を負っている息子の目の前で残忍な仕打ちをされているのに動かなかった自分に罪悪感がズシリと圧し掛かった。


「お嬢様、どうしてそんな落ち込んだ顔をしているのです? この女はお嬢様も、シャルル様も自分の為の道具としかみていない女ですよ。こうなるのは仕方ないじゃありませんか」

「それは………そうかもしれないけど………」

「偽善者になるのはおよしなさい。この女達は貴女の母親も迫害対象としていたのですよ? 見たいのならば見せますが、私はお嬢様の顔が悲痛で歪む姿は見たくありません」


 どっちが偽善者なのだろうか。


「だったら、だったらなんで結婚式を無茶苦茶にするのよ」


 あたしの顔が悲痛で歪んでいる。


「お嬢様は逆境に立たされた時に強く光るからです。そしてその光は清き者の指針になり、悪しき者の心を暴くのです。ですよね?」


 ヴィクトルが向いた方向にはシュザンヌがぐったりとしたカミーユの喉元にナイフを突き立てながら立っていた。



16日 21:10投稿予定です。




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