結婚式と死の運命と終わりと(4)
「貴様! 何をやっている!」
一番最初に気がついたのは皇帝陛下だった。怒気を纏いながら立ち上がった事で、第一皇子と第二皇子も尋常ではない事態が起きているのだと構えをとった。
ただそれは時すでに遅かった。
ヴィクトルの右目が光った気がした。
その瞬間あたしの身体に強い衝撃が襲い掛かった。背中に強い圧迫感を感じて息が咽上がってきた。
「かはっ」
視界がぼやけている。耳鳴りもする。
何か身体に重いものが乗っている。一体何が起こったんだろう。あたしは誓いのキスをするはずだったのに、ヴィクトルが眼帯を外して………ヴィクトルが魔術を発動した。
ぼやけていた視界がゆっくりと明瞭になっていく。今まで立っていた檀上は瓦礫になっていて、四方を見渡しても火の海だった。席に座っていた参加者たちは倒れ伏しており、呻き、嘆き、無動作の者もいた。白色の幸せの世界は赤々とした地獄のような世界に変わっていた。
「あぐっ………」
あたしの胸元で苦しそうな声が聞こえた。
「シャル!」
ヴィクトルの魔術からあたしを庇ったのだろう、背中が剥き出しになっていて酷い火傷を負っている。
「待ってね! こういう時の為に治療する魔術を覚えたんだから!」
唯一覚えた水を浸した部分の治癒能力を向上させる回復魔術を使おうと手を翳すと、シャルの手が伸びてきて震えながらあたしの腕を握った。
「駄目………だよ。グウェンは………逃げて」
あたしの魔術は一回だけしか使えないが、この回復魔術を使えば一瞬で治るのは確実だ。
「シャルを治してシャルがあたしを担いでくれればいいでしょ!」
「ボクは………誰も見捨てられない………から」
シャルが横たわる参加者たちの方を見た。それは治したら全員を助けるという意思表示だった。
「モモカ! 御父様が!」
今度はグウェンの切迫した声がした。声の方を向くとヴィクトルがマウントポジションになってイザークの首を絞めているところだった。
「がはっごほっ」
胸元で血を吐くシャル。視線をヴィクトルとシャルに行ったり来たりする。縋るようなシャルの目。縋るようなグウェンの目。そしてこちらを見向きもしないヴィクトル。
ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めた。
シャルを優しく胸から床に寝かせて、あたしは足元に転がっていた石を持って振りかぶって投げた。
軽く魔力を乗せた石がヴィクトルの側頭部に命中するはずだったが、火がまるで意思を持っているかのように動いて軌道を変えてヴィクトルを守った。
「何やってんの!」
ヴィクトルは首を絞める手を緩めて、少しの抵抗を見せようとしたイザークの鳩尾に拳を打ち込んだ。
「御父様!」
グウェンの悲痛な叫びが響いた。
「気絶させただけです。殺す気などさらさらありません」
「な、なんで、なんでこんなことしているの!」
「口で説明するのは難しいですね。ただ一言で表すなら………復讐。ですかね」
訳が分からなかった。ヴィクトルが復讐する理由が見当たらない。
「あぁいいのですお嬢様はそのままで。確かな事を申すならば、今、この場で私の凶行を止められるのはお嬢様ただ一人ということですね」
よく見ると皇帝陛下も、第一皇子も第二皇子もイザークの近くで倒れていた。シャルも怪我しているし、他の親衛隊も外にいるはずだ。火の勢いが強すぎて外から入るのは不可能であり、外からの助けは見込めない。
カミーユやヨランダはどこにいったの? もしかして火の海に呑まれてしまったんじゃ。
「わ、私がヨランダを探してきますわ!」
自分の役割を理解したグウェンが火の中へと姿を消した。
「お嬢様。私を止められたのならば免許皆伝といたしましょう」
奇しくもあたしが望んだ異世界転生バトル物の展開になってしまった。ただ最も最悪で最低で臨んでいない状況でだが。
「ふざけるな! あんた自分が何したか分かってんの!」
「お嬢様の結婚式を成り行きでめちゃくちゃにしたのは謝罪します。ただ復讐を果たしたいのですよ」
「あんたの復讐って」
「ヴィ………ヴィクトル………貴方何故………」
問い詰めようとすると、元々椅子であった瓦礫の下からクレマンティーヌが這い出てきた。
10日 21:10投稿予定です。
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