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さよならお嬢様(4)


 ラインバッハ家から休暇を貰って、王宮に出入りすることになった。


 グウェンドリンお嬢様とも出会ったが、この王宮でも何やら戦っているらしい。どこでも敵を作るのが得意なのは昔と変わらずなので、嬉しくなってしまった。


「王族の魔術を知っていますか?」


 三度目の指導終わり、クレマンティーヌは茶を入れながら私に問いかけてきた。毎回クレマンティーヌが入れる茶は甘く、個人的に苦手な部類の茶であったが、出されれば仕方なく飲んでいる。


「えぇ」


 出された茶を一口飲んで返事をする。するとクレマンティーヌは徐に立ち上がった。


「そうですか、では話が早いですね。貴方に教えていただいた魔術を試させてもらいます」


 私が教えた魔術は指で形を作った範囲を固定する魔術。クレマンティーヌは土や金属と相性が良いので、何かを保持しておきたいという要望に応えて教えていた。


 クレマンティーヌは私に四角にした指を向けた。


「ただし呪術を応用したものになりますので、お気をつけて」


 これは魔術の練習ではない。と警戒態勢に入った瞬間に身体全体が金縛りにあったようになって動かなくなる。


 額縁に嵌め込まれた絵画のように固定された。

 

 普通ならば体の一部は動かせるはずだ。全身を固定するのは相当量の魔力が無いと実現不可能。これは呪術が乗っているからこそなしえている術なのだろう。


 クレマンティーヌはそれ以降何もすることもなく、何も喋らなかった。どうやら私の出方を窺っているように見える。


 ただ私の身体はピクリとも動かない。固定の魔術はかけられてら相手の魔力が尽きるまで何もできない。その分相手の魔力消費量は高いので、普通は一瞬だけ使う。ヨランダは物に固定を付与して、長時間使用するらしいが、そんなことをできるのはヨランダ一人だけだ。


「何もできませんの?」


 私は答える術がない。


「だとしらがっかりです」


 私の体たらくにため息を吐いてから、急にハッとした表情になった。


「あぁ、そうですね。もう少し追い詰めてみましょう」


 口に出さなくていい言葉を出すあたり、本気で追い詰める気でいるらしい。


「貴方に本日お出ししたお茶の中には遅効性の毒が入っています。この魔術は心臓や呼吸を止めている訳ではありませんよね? 表面的な動きを止めているだけですよね? だからこの声も聞こえていますし、思考もできているはずですね。でしたら消化器官もしっかりと動いているはずですよね? もうそろそろ効き始めてくるころかもしれませんね。ご安心なさって解毒剤はこちらにあります。どうぞお取りくださいな」


 テーブルの上に置いてある小瓶を視線で指す。


 毒が嘘だとしても本当だとしても、クレマンティーヌはこの固定の魔術から打ち勝つことを望んでいるようだ。


 そうだな。目的を知りたかったので動けないふりをしていたが、目的が打ち勝つことならばそうしてやろう。


 この固定の魔術は表面だけを固定する。警戒態勢をとった時点で身体で隠れるように右手を隠している。


 更に言うと術者も指で作った形を解けないので両手が塞がっていて、一定の距離からは動けない。対魔術の戦い方は基本的に情報戦である。対処方法を知っているならば、対策をしている方が勝つ。グウェンドリンお嬢様にはそう教えたが、実践を見越していないクレマンティーヌには教えていない。


 右手の人差し指の先から火で使った蛇を這わせており、それはこの部屋の光の加減では透明に見えるように調整しておいたので、クレマンティーヌの足元に既にいることを当人は理解していない。


「かっ」


 その蛇が飛びついて首を絞めたところで、指の形が崩れた。私は駆けてクレマンティーヌをソファーへと押し倒す。


「命の取り合いをしたいのでしたら、このまま絞め殺す事もできますよ」


 クレマンティーヌが最もらしい抵抗をしないので、蛇を消すと咽ていた。


「ふふ、素人の付け焼き刃程度ではこうなりますのね。………それよりも解毒剤を飲まないのかしら?」

「あれが解毒剤だという証拠がありませんから、それに毒を飲んだという証拠さえもありませんね」


 他人の言葉を鵜吞みにするなんてありえない。私は誰かを、人間を全くと言って信用していない。


「………貴方は死にたがりですか?」

「いいえ、まだ死ぬ気はありません」

「そうでしょうね。貴方は誰かと一緒に死にたい願望を持っていますからね」


 クレマンティーヌが口を開ける度に蛇のように血色良い舌が動くのが分かる。


「なにを仰っているんですか?」

「だって貴方、その目と一緒に生きているではありませんか」


 細い目が更に細くなって薄く笑う。


「だからなんです?」


 ひたりと悪意で汚れた手が顔の右側に張り付いた。


「普通の人間ならそんな封印だけで済ましません。見たら人を呪う目ですよ。私だったら八人も殺害すれば苛まれて目を潰したくなります。なのに貴方はこれからも人を呪い続けている。不幸な自分を理解してくれる番を探しているんですものね」


 右目から頬へと触れる手は蛇行するように這っていった。


「八人と………言いましたか」

「えぇ乳母二人に叔母一人、村で三人、育ての親一人」

「調べはついているようですね」

「ええ少し手間取りましたが貴方の素性は分かりましたよ」

「八人には一人足りないようですが」

「貴方を生んだ母親を換算してくださいな」

「………でしょうね」


 あの母親は半狂乱になっていたと訊いた。だから事の顛末も察することができる。


「あら実の母親を殺しておいて薄情なんですね」

「当時の私が成す術はありませんでしたからね。大人が対処するべきだったのです」


 責任問題にしたいならば子に罪も責任はない。だからその言葉は私の感情を動かさない。


「それで手に余るから捨てられたのでしたね」

「私の素性を暴いたからなんなのです」

「大事ですよ素性は。素性を明かせない者が王宮に出入りできると思っていますか?」

「今更ですね。私は家名を持ち合わせていません」


 這っていた手はいつの間にか胸にまで行きついていた。


「知りたいですか?」

「知る気もありませんね。既に捨てたもの………いいえ持ってすらいなかったのです」

「やっぱり貴方は嘘が下手ね」


 ドクリと大きく胸が痛んだ。じわりと汗が沸き上がってきて、身体が熱を持っていく。これは毒が効き始めたということか。


「毒は毒でも媚薬ですけどね。呪術を用いて魔術の消費に反応して効き始めるようにしたのです。苦しいですか?」

「私の身体が目当てなのですか」


 いつかの素封家のように若い男の身体と顔だけが目当てならば、それは下劣であり、面白くなかった。


「貴方の身体は苦くて美味しそうだけど違います。媚薬は性欲を高めさせる効果が主とされていますが、他に滋養強壮や覚醒効果があります。私が用いたのは覚醒効果のある媚薬ですわ」

「私が寝ぼけているとでも? それとも私の中に何か覚醒するものがあるとでも?」

「わざと鈍い質問をしているのは私を立ててくださっているのかしら。私、別に担がれたい訳ではありませんのよ。どちらかと言うならば、貴方を担ぎ上げたいのですわ」


 その言葉でようやく確信を持てた。


「では………私の素性を明かして頂いてもいいですか?」

「………あくまでそのスタンスを辞めないのね。好きよそういうの。………貴方の素性ね。貴方の母親の名前はナディア・ド・アマーニュ。籍を入れる前の家名はラリアよ」


 動悸が激しい。理解したからこそ突き付けられた言葉に身体が動揺を隠せない反応をしている。


「ナディアさんは前皇帝の姪でしてね。革命が起こるまでは前皇帝派閥でしたけど、革命が起こり旗色が完全に悪くなる前に前皇帝を裏切ったことで、皇帝陛下から恩赦を貰って、ラリアの名を捨てて地方貴族に嫁いだのです。情勢を読んで生存する能力は人一倍でしたのに、まさか呪いで亡くなるなんてね」

「では私は王族の血を受け継いでいる………ということですね。なるほど………だから私の中にある王族の魔術の覚醒を促しているんですね」

「そう。貴方には王族の魔術が使えるはず。そして貴方は第一皇子と同じ魔法が使えるの」


 あぁ真に理解した。クレマンティーヌは私を王位継承者にしたいのだ。それが本当の目的だろう。

 

「私は彼らとは並ぶことはできません。は…彼女はラリアの名を捨てているのでしょう?」

「だからこそ私がいるんですよ。貴方にラリアの名を取り戻してあげましょう」

「………養子にでもするつもりですか」

「いいえ。功績を立てるのです。皇帝陛下も革命を成し遂げたからこそ玉座に腰を落ち着かせたのです。貴方も同じようにすればいいのですよ」

「気の遠い話ですね」


 この国には革命を起こすほどの不穏な分子はない。だからこそ第一皇子も功績を積むために隣国へと戦争支援しているのだ。


「ちゃんと準備は整っていますよ。今、王都ではその話題で持ちきりではありませんか」


 火照った身体に氷が這った気がした。


 王都で噂になっている人物はイザーク・ド・ラインバッハだ。主であった人を陥れて王位継承権を得ろと言っている。


「皇帝陛下は必ずイザークさんを結婚式にお呼びします。その時には噂が絶頂期を迎えて、真か嘘か等民衆は分からなくなっていますわ。そこで功績を立てれば嘘が真になります。そういう段取りなのです」


 それはグウェンドリンお嬢様の結婚式を破壊する行為だ。あの方の行き着く先を見届けるはずが、どうしてこんな話になった。


 私がグウェンドリンお嬢様の脅威となる。ならなければならない。のか。


 媚薬のせいでまとまった思考がままならない。


 熱で頭がボーッとする。


 ひたりと冷たい手がまた頬に触れ、右目に親指が押し付けられた。


「誰かを呪って殺すなら、この右目じゃなくて貴方自身で呪ってやりなさい。そうすれば貴方は貴方を全うできる」


 喉から手が出るほどに、あの絶望した時にかけて欲しかった言葉だった。


「わかりました。やりましょう」


9日 21:10に投稿予定です。


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