ダンスと屈辱と許嫁と(2)
「ワルツでいいかな?」
「えーっと、どんなステップでしたっけ?」
「ふふふ甘えん坊さんだね。ワン、ツー、スリーのテンポで、七小節にして、そうだね最後はシャッセにしよう」
ワンツースリーはなんとなく分かるけど、七小節? シャッセ? ちんぷんかんぷんだった。
「じゃあいくよ」
ええいままよ。
と、動き出しの最初はフィリップがあたしの方に軽く体重をかけてきたので、大慌てで後ろへと下がった。ワンツースリーのテンポを頭で流しながらフィリップに誘導されつつも、ヨランダとした六歩目まではいけた。そこからは知らないのであたしはフィリップの足に引っかかり、大きくこけて尻もちをついてしまった。
フィリップはこける瞬間にあたしの腰から手を離した。
そして驚いた顔をして見つめていた。
「ドジ踏んじゃったね、もっかいもっかい」
慌てて起き上がって基本姿勢に戻る。フィリップは戸惑いながらも、基本姿勢を作って再度ステップを踏み出した。
「うっ」
でもやっぱり六歩め以降は知らないので、想像でステップしてみても違っていたらしくこけてしまう。受け身がしっかりとれていないから、硬い地面に直撃してお尻が割れちゃう。
「ど、どうしたんだい? ただの中級者ステップで君が転ぶなんて」
「あ、あはは、今日ちょっと調子悪いんだよね」
「そうなのかい? あぁだから君は焦っているんだね。でも大丈夫。僕が調子を戻してあげるからね」
そう言って朗らかな笑顔と共に手を差し伸ばしてくるフィリップ。
「モモカちょっといいですこと」
手を取ろうとしたら、グウェンの顔が前に現れる。グウェンさん、手が頭から突き出ていますよ。
「なによ」
無視しようとしたけど、邪魔する訳でもないようなので俯きがちになって小さく答える。
「あの男、手を離しましたわよね?」
「それが?」
あのまま手を握っていたらあたしと一緒に倒れ込んできたのだから離して正解だ。
「普通は支えられますわよ。男役は女役を支えるのがお仕事ですわ」
確かにフィリップは運動神経良さそうだし、背負い投げを背筋で耐えられているんだから支えるなんてお手の物か。
「じゃあ意図的に?」
「私はそう思っていますわ。それに乙女の服に土をつけるなんて紳士がやっていいことではありませんわ。更に言うと、カップルを気遣えないダンサーはカスですわ」
そんなもんなのかと専門外のことなので納得する。
グウェンの言うことを信じよう。信じる裏付けとして、後ろの執事達があたしが二回目にこけた時に軽い嘲笑をしていたのを見逃さなかったからね。見えるようにやっていたら二流だし、気付かないと思っていたら三流だね。
「六歩目以降を指示して」
「初心者なのでしょう? 初心者に指示をしてできるものではありませんわよ」
「いいから、あたしを信じて」
「どうしたんだい?」
長時間立たなかったことに不思議に思ったフィリップは声をかけてきた。
「ごめんごめん考え事。さっ続きをしよ」
あたしはフィリップの手を取らずに、服についた土を払って立ち上がる。
また基本姿勢をとると、フィリップは小さく鼻で笑ってから基本姿勢になった。
「ダンスは愛の共同作業。僕だけを考えてほしいものだよ」
間近で言われたくない言葉だ。でもおかげで背筋がピンと伸びた。
「六歩目以降はワン&ツーのターニングロックですわ。えーっと、そう!もう一回回って右足を進行方向に半歩程出すのですわ!」
そのワン&ツーの間隔が分からなかったのだ。ワンツースリーの間隔でやっていたせいで脚がこんがらがってこけていたんだな。
「えぇ! できてますわ! 凄いですわ! 流石私の身体ですわ!」
だけど九歩目以降は感動を優先して指示してくれなかったので、また尻餅つくことになった。
「いったー」
「あ、すみませんわ」
お尻をさすりながら空に投げかけると謝ってくれた。だから許してやることにする。
「もう一回!」
再び立ち上がって基本姿勢をとる。次こそは指示してもらえれば踊れる。どこまで踊るかは知らないけど、踊りきれる自信がある。
「止めようか」
「え、は? なんで?」
突然冷めたような言葉で突き放されて動揺してしまった。
「君がここまで腕を落としているとは思わなかったよ。何か悪いものでも食べたんじゃないかい?」
どれだけ拾い食いしているイメージなんだ。
「いや……だから練習すれば」
「僕のレベルと釣り合っていないんだよ。はぁ…まさか君がこの程度のレベルになっていまうなんてね、残念だよ」
さっきまで倒れたら手を差し伸べていたのに、今は何も差し出してこない。
フィリップの顔は張り付いた笑顔から、人を欺き嘲笑する様な笑いへと変わった。
「君からダンスをとったら何もないじゃないか」
さっきまでおべっかつかって甘い言葉で蠱惑させておいて、急に冷たい言葉を吐かれるのだ。崖から突き落とされた気分だ。
それは隣で聞いていたグウェンも同じ気分のようで、目を見開いていた。