さよならお嬢様(2)
「ヴィクトル、魔術会に行きますわよ」
グウェンドリンお嬢様が王宮へと行ってしまわれてから数週間後に、睡眠前のネェルフアムお嬢様の髪を化粧台の前で梳かしていると、手紙を読み終えたお嬢様がそう言った。
「グウェンドリンお嬢様が御出席なさるからですか?」
「あら、知っていましたの?」
「魔術会がどんなものかを訊かれましたからね」
「御姉様が自発的にヴィクトルに手紙を? 私にはそんなことしないのに………」
日頃の行いではと危うく口を滑らせそうになった。
「魔術会に勝手にご出席なさると、総代を務めるカミーユお坊ちゃまに叱られますよ」
「そこはもう根回し済みなので大丈夫ですわ」
行動力だけはあるものだ。シュザンヌがいなくてもこの方は一人で何事もなく生きていく術を持っている。すぐに大人にならなくていい環境なのに、自らの脚で前へと歩いて行くのは驚嘆する。
「私も行く必要はあるのですか?」
「ありますわよ。ヴィクトル、王宮へ行きたいのでしょう?」
「そうですね。でもどうやって行くのです? グウェンドリンお嬢様の追加の専属執事としてついていくわけにもいきませんよ」
それができなかったからこうしてネェルフアムお嬢様の専属執事になっているのだが、予想は外れてネェルフアムお嬢様は王宮に興味を示してはいなかった。
「クレマンティーヌ・ド・ラリアをご存じで?」
「第二王妃様でしょう? それがなにか?」
「彼女がヴィクトルの出自に関係があると言えば一緒に行ってくださりますわよね?」
梳かしていた櫛を止めてしまった。
私の出自というのはこの呪われた右目を指しているのは、鏡に映るネェルフアムお嬢様の視線で理解した。
「ネェルフアムお嬢様、私は下手な嘘が大嫌いです」
「私が取引で下手な嘘をついたことはありませんけどね」
そう、これは同行の誘いではなく、取引なのだ。私が魔術会に付いて行くメリットを提示しているだけに過ぎない。
「クレマンティーヌさんは王族の魔術に憧れています。ですから魔術に精通しているヴィクトルがクレマンティーヌさんに取り入るのですわ」
私は再び櫛を動かし始める。
「王族の魔術ですか………」
「存じていますの?」
「噂程度には、むしろネェルフアムお嬢様が存じ上げられているのが驚きです」
昔、父に王族には特別な魔術が使えるのだと訊いたことがあった。今考えれば父は王宮に勤めていた魔術師だったのだろう。
そのことを知っているネェルフアムお嬢様は何者なのだろうか。藪をつついて蛇が出て来られても困るので従順なふりをしておこう。
「お母様とクレマンティーヌさんは学園があった時のご友人なのですわ。クレマンティーヌさんはお母様の一つ歳下で、仲睦まじく学園生活を過ごしていらしたのですわ。なんと今でも文通をする程仲が良いのですよ」
私の気持ちを察しているのか、隠す必要がないのか二人の関係性を説明してくれた。
「それでシュザンヌ様から王族の魔術のお話を聞かれたのですね」
「そうですわ」
そう自分に都合よく解釈することで波風を立たせないようにしておこう。
シュザンヌはネェルフアムお嬢様に期待し過ぎている。自分と同じ辛酸な道を歩ませないようにしているのが透けて見えていた。グウェンドリンお嬢様が何か違う者に見えていたに違いない。だからこうして口外無用な大事な話を信頼できる者には何でも話してしまっているんだろう。
「しかし私が魔術に精通しているからと言って、王族の魔術に関しては一切知りませんよ」
「そこのところは安心なさって、魔術会当日に私が一言申せばいいだけの事ですから」
ネェルフアムお嬢様の底知れぬ悪意を感じ取れていなければ、こんな幼気な少女にこの言葉を吐かれたところでなにも安心はできなかっただろう。
「その一言で首が飛ぶのは嫌ですよ」
「アハハ、そうなったら御姉様が悲しみに暮れちゃいますわね」
本当にこの方は狂っている。狂っているからこそ面白い。
「大丈夫ですわヴィクトル。貴方に相応しいエンディングを差し上げますから」
「必要ありませんよ。私のエンディングは私が決めますから」
「あら尊大ですわ」
「これでも謙虚な方です」
1日 21:10投稿予定です。
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