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さようならお嬢様


 グウェンドリンお嬢様を追う為に私はネェルお嬢様の専属執事になる必要があった。


「ねぇヴィクトルの右目って呪われているんですよね?」


 シュザンヌが実家に帰った翌日にネェルフアムお嬢様が私の部屋に訪ねてきて、質素な椅子に着席してからお茶を出すといきなりそう言ってきた。


「そうですね」


 取り入ろうとしていた矢先に本人から来てくれたのは手間が省けたと思ったが、実に子供らしい質問に辟易としていた。


「確か………その目で女性を見ると破滅に追い込めるとか」


 出した茶に一口つけてから、澄ました顔で言う。流石はシュザンヌの娘、通説では不幸に見舞われるでしか通っていないのに、破滅に追いやれると解釈している。


「………まさか、そんな夢物語はありませんよ」

「そうなの? でもヴィクトルは御姉様にその目の力を使っていましたよね?」


 薄く笑いながら普段の会話と変わらずに言うネェルフアムお嬢様に寒気がした。若干十五歳にも満たない女子にゾクリと肝を冷やされたのは、人としての尊厳に傷がついた。


「お母様に拾われた理由はその目にあるのは分かっていましたから、私観察していたんです」


 目の付け所が良いのか悪いのか。どうやらネェルフアムお嬢様もただのお嬢様ではないようだ。


「そうですか見られていましたか」

「あら、白状するのが早いのですね」

「嘘だとしても必要のない嘘ですからね。単刀直入に訊きましょう。ネェルフアムお嬢様は私に何を求めているんですか?」


 この少女は私を脅迫するつもりでこの場にいる。人の悪意に触れてきた私にはわかる。悪意を取り繕っていなくても、心の奥にある真の悪意は身体から滲み出るのだ。ネェルフアムお嬢様はずっと悪意に満ち溢れている。


「御姉様の本性を曝け出したいの」


 ネェルフアムお嬢様もつまらない嘘を吐くことをせずに単刀直入に答えてみせた。


「グウェンドリンお嬢様の本性………ですか」


 そんなのは分かり切っているだろう。面白いだ。


「最近の御姉様はどこかおかしいんですわ。ヴィクトルはそう思わなくて?」

「おかしい? とは?」


 面白おかしいのは昔からだが、ネェルフアムお嬢様が言っているのは最近のことであろう。だが敢えて明言は避ける。


「ヴィクトルは御姉様と魔術の訓練をしていますね」

「えぇ」


 舞踏会後も魔術の訓練をしているのは周知の事実である。ヨランダに教われないところを補填している次第だ。


「御姉様は魔術になんか興味はありませんでしたわよね?」

「ダンスをしているのですから魔術に興味を持ってもおかしくはないのでは?」


 ネェルフアムお嬢様は小さく聞こえない程度のため息を吐いた。


「御姉様は魔術に興味は一切ありませんわ」

「でしたら何故魔術を習っていらっしゃるのです? 道楽ではない様子ですよ」

「だからおかしいのですわ。御姉様はダンス一筋ですし、魔術適正があるにも関わらず歯牙にもかけない宝の持ち腐れさんなのですわよ。それは絶対に変わらない事柄なのですわ。もしも、もしも変わるとすればそれは誰かに唆されたか、御姉様ではないか。ですわ」


 グウェンドリンお嬢様への執着心は知っていたが、ここまで異常だとは思いもしなかった。


 それに何をもってそこまで確信できるの物言いなのだろうか。まるでグウェンドリンお嬢様の全てを知っているような言い方だ。家族でさえも気持ちの疎通なんて無理なのに………ただの気持ちの押し付けだったら子供らしいとは思う。


「ではネェルフアムお嬢様はグウェンドリンお嬢様が以前のお嬢様ではないと疑っていらっしゃるのですね?」

「そうですわ。その為にヴィクトルに力を貸してほしいのですわ」


 力を貸してほしいときた。横柄に上からものを言えて命令できる立場なのに、対等以下の発言をするのは謙虚に振舞っているようで些か恐ろしかった。


 私からすればグウェンドリンお嬢様に変化はあまり感じられない。だからネェルフアムお嬢様が仰っていることはどうでもいい。ただグウェンドリンお嬢様の栄光の道を陰ながら付いていけるならばそれで良いのだ。 


「何をすればいいのですか?」

「流石はヴィクトルお話が早いですわ。手始めに貴方の右目で私を見てくださいな」


 一瞬我が耳を疑った。だが平然とした表情で続けて冗談だとも言わないネェルフアムお嬢様に、心の奥底から面白さを見出せた。この発言はただの破滅願望がある訳じゃない、これは相手を破滅させる為の布石に違いない。


「どうなるかは分かっていますね?」

「えぇ、御姉様が大丈夫なのでしたら、私も大丈夫でしょう。最大限の死には見舞われませんわ」


 どこから湧く自信なのかは知らないが、姉妹でこの呪われた右目から逃れられたならば、それはそれはかくも面白い事になるだろう。


「では責任は一切取りませんよ」

「それでいいですわ。ただ今後も手伝って貰いますからね」


 死ぬかもしれないというのに未来の話をしているのはなんとも悠長で呑気なお人だ。


 私は緩慢な動作で眼帯を外して右目を大きく開いた。


「………なにも起きませんわね」


 数十秒見つめ合ってから眼帯をつけなおすと、ネェルフアムお嬢様は自身の身体に何も変化がないのを不思議そうに呟いていた。


「即効性はある場合とない場合はあります。ただ本日中には発現しますよ」

「そうなのですか。では御姉様のダンスの練習でも見学しながら待ちますわ」


 グウェンドリンお嬢様の前で凄惨な出来事が起こそうという魂胆なのか。確かに異母妹と言えども、目の前で死を迎えれば例えグウェンドリンお嬢様でも堪えるだろう。


 その後見学していたネェルフアムお嬢様の鳩尾にグウェンドリンお嬢様のダンスシューズが突き刺さるように当たった。


 それだけだった。グウェンドリンお嬢様よりも不幸の質は良さげだったが、命に関わるものではなかった。ネェルフアムお嬢様もまたこの呪いを打ち消せるようなものに呪われている可能性がある人間だというのが分かった。


 ネェルフアムお嬢様の不幸はグウェンドリンお嬢様といる時にしか起きずに、更には必ずといってグウェンドリンお嬢様がネェルフアムお嬢様に対して何かをするといった内容である。ネェルフアムお嬢様の願いが呪いに現れているのかもしれないが、これまでと変わらない状況につまらなさはあった。


30日 21:10投稿予定です。



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