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結婚式と死の運命と終わりと(3)

「あ、帰ってきましたわね」


 あたしが思考が最初にハッキリと知覚した言葉はグウェンのそんな一言である。


 ここは控室で周りには誰もおらずにグウェンだけがあたしの前で浮いていた。


「頬にキスをされたくらいで思考を飛ばすなんて案外初心なところがあるのですわね」

「あんただったら卒倒してたくせに」

「しっ、しませんわよ」


 カミーユやシャルにウィンクされただけで卒倒しそうな奴が何を言おうが信憑性はない。


「それよりも、もうすぐ本番ですわよ。今度は頬では済みませんわよ。覚悟はできていまして!?」


 致命の攻撃を防げない味方に言うセリフだろそれ………まぁ確かに致命的な攻撃ではあるかもしれない。


「とっくにできてるよ」


 なのであたしもそれっぽいセリフを不敵に返しておく。


「そうですわよね」


 グウェンは目を細めて言う。口喧嘩にでもなるのかと思ったけど、すんなりと肯定してきて肩透かしをくらった。本番前だから気を遣ってくれているのだろう。


「思えばあんたとも色々あったわよね」

「あ、そういう郷愁を誘う雰囲気のは大丈夫ですわよ」

「な、なんでよ」

「御涙頂戴よりも、笑顔で迎えた方が縁起がよろしいですわ」


 尤もな事を言われるとそれ以上何も言う気はなくす。


「それにモモカには馬鹿みたいな笑顔が似合っていますわ」

「一単語余計だな!」

「褒めていますわよ?」

「もっと褒めちぎりなさいよ」


 ここまでの苦労を見てきたはずだろう。なのに慇懃無礼な態度なのがムカつく。

 まぁグウェンは褒めるの下手糞だから仕方ないか。


「モモカは褒めると調子に乗りますから、程々が丁度良いのですわ」

「あんたにだけは言われたくないんだけど………」


 グウェンの方が褒めたら調子に乗る権化だろ。


「そうそう褒めるで思い出しましたが、そこの箱を開けてくださいまし」


 グウェンが指すはいつから置かれていたのかは知らないが、テーブルの上にある白い長方形の箱。


「なにこれ………手袋?」


 不審物が置かれている訳もないので、指示されるままに箱を開けると、中には箱の外装と同じ白い手袋が入っていた。触ってみると綿制のようだった。


「私からのプレゼントですわ」


 ドヤ顔で胸張って言われた。


「はぁ、ありがとう」

「反応が薄いですわね!?」

「いや、だってさ、あたし既に着けているし………」


 既にウェディンググローブを着用しているし、このプレゼントはありがたいけど今は着用することはできない。


「中に着用しなさいな! 二重にしなさいな!」

「えぇ………今着けないといけないの?」

「私がヨランダの夢の中に毎晩現れて、結婚式に間に合うようにようやく買わせたのですわよ! 今着用しないでいつ着用するんですの!?」


 そんなことしていたのか。だから偶に朝に出会うヨランダが寝不足気味な顔をしていたんだろう。とばっちり過ぎる。


「わかったわかった」


 熱意に負けてウェディンググローブを外して着用した。決して面倒臭くなった訳じゃないと言っておこう。


 右手だけにしようと思ったけど、左手もちゃんと着用するあたりあたしは優しい。指輪交換の時にどうせ一緒に外せばいいんだからね。


「てかなんで白手袋?」

「優雅ですわ」

「そうかなぁ?」


 上品なご令嬢が着けている気もしなくはないが、それが優雅かどうかは知らない。


「さ、モモカ準備は整いましたわ。最期の舞台に行きますわよ! おー!」

「お、おぉー」


 当の本人よりも張り切っているのを見て、これがグウェン式緊張解しなのかもしれないけどあまりにも稚拙だったために笑ってしまった。


 幸いだったのはその笑いがグウェンに訊かれていなかったことだ。




 控室を出ると、先程と同じ場所でカミーユが待っていた。


 カミーユはあたしを見つけると、微笑んで手を差し出してきた。それに対してあたしは何も言わずに意気が揚がった気持ちを抑えつつ手を取った。


 まるでダンスの導入かのようだったが、これから二人で踊る訳ではないのが残念ではあった。


「それでは新婦のご入場です。皆さん盛大な拍手でお迎えください!」


 そんな声が聞こえてきたら、キュッと握られた手に力がちょっと入った。


 両開きの扉が大きく開かれて、会場の光が目に入って来る。同時に新婦であるあたしを祝福する拍手の波が全身にぶつかってきた。


 誰も彼もがおめでとうございますの意を込めた拍手を送っているのが奇妙だったが、そんな奇妙さは奥にいるシャルを発見してしまえば吹き飛んでしまった。


 波は寄せては返すのだ。あたしは全身に受けた拍手を感情で返しながら一歩、また一歩とシャルへと近づいていく。


 普通ならばここでこれまで経緯や記憶がフラッシュバックするものだろうが、あたしの目はハートで染まっているかの如くにシャルしか見えない。過去を懐かしむよりも、未来に思いを馳せてしまっている。


 長いようで短いバージンロードを歩き終えると、カミーユの握る手がリハーサルよりも離されるのが遅れた。どうやらカミーユは過去を懐かしんでいたようで、あたしの手を離すのを少し躊躇していたようだ。全くこの姉弟と言ったら寂しがり屋なのだから。


 シャルの前に立つと、さっきよりも心臓が高鳴っている。人生一回、一世一代の出来事に直面しているのだからこの胸の高まりはしょうがない。しかも色んな感情が入り混じっているせいで訳が分からなくて、感情の収拾がつかない。


 リハーサルでは歌えていた讃美歌もちゃんと歌えているかも怪しい。うわ裏声でちゃったとか、シャルの声が透き通ってるとか、心臓の音ってこんなにうるさかったっけとか、考えなくていいことを考え始めている。酒には酔っていないけど、状況に酔っているのは間違いなし。


 あたしの心臓の高鳴りは讃美歌が鳴りやんでも鳴りやまない。


 物凄く大司教の見た目をした皺が目立つ牧師が聖書を読んでくれて、ありがたいお言葉も心臓の音で耳に入って来ずにかき消される。


 牧師が誓約の言葉をまずシャルに言う。


「誓います」


 次にあたしに向いて誓約の言葉を言った。


「誓います!」


 どれくらいの声量かは知らないけど、普段よりは二倍はあるかもしれない。


「では指輪を交換してください」


 シャルがあたしの左手の薬指に嵌めてくれて、あたしもシャルの左手の薬指に嵌めた。宝石もなにもついていないシンプルなデザインの銀色に輝く指輪。

 

 指輪なんて洒落たものをつけてこなかったから、指に無かった重みにようやく過去の思いが募っているのを実感した。


 この指輪を嵌めて、次の瞬間まであたしは頑張ってきたのだ。


 何故か転生させられて、お嬢様生活を強いられて、ダンスを勉強して、魔術も使えるようになって、マナーや所作や歴史までも学んで、第二の人生かのようにやってきた。そして念願の結婚式まで辿り着いて、ようやくこの転生に意味を持たせることができる。


 この指輪にはそれらの思いが乗っている。


 シャルがあたしのヴェールに手にかけた。


 心臓が高鳴る。アイリッシュダンスの最高潮の速さと同じくらいに高鳴っている。おかげで胸が痛いし、血の巡りが良すぎて体が熱い。


 視界がギュッと縮まってシャルの顔にしか焦点が合わなくなる。まるでこの世界には二人しかいなくて、音はあたしの五月蠅い心臓音だけ。きっともしかするとシャルの耳にもシャルの鼓動だけが鳴り響いているかもしれない。そうだと嬉しい。

 このまま口づけをしてしまえば、お互いの鼓動だけしか聞こえなくなるはずだろう。


 あたしの肩に手が優しく添えられる。


 シャルはあたしに気遣いつつ頬を緩めているけど、目は至って真剣な眼差しだ。それがあたしの気持ちを増長させる。


 熟れたリンゴのような唇があたしを捉えたようで、ゆっくりと迫ってくる。


「なにをしていますの?」


 夢にまで待った瞬間が直前に迫った時、静まった大聖堂内にあたしにだけ聞こえる声が聞こえた。


「なにをしているのですの!?」


 最初は何かに問いかけているだけであったのに、今度は切迫した声に変わって叫んでいた。これはあたしに向けて叫んでいない。誰だ、声の矛先はどこに向いているんだ?


 シャルにしか合っていなかった焦点をずらして声の方向、シャルの背後へと広角に見ると。


「ヴィクトル!」


 ヴィクトルが右目の眼帯を外して会場全体を見ていた両手を天へと掲げていた。


 

27日 21:10投稿予定です。


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