悪役令嬢と前夜と消える夢と(2)
「………あんたはそれでいいの?」
「女神様に一言申すのは、これまでの功績において私が許しますわ」
「そっちじゃなくてさ………」
「どっちですの?」
「シャルのことよ」
「シャルル様の何ですの? モモカらしくない、ハッキリ仰りなさいな」
こっちは気を遣っていたのに、なんだその言い草。って、この考え方は傲慢だと気付いて気分が沈んだ。
「仮に結婚して死の運命を乗り越えたことになってさ、もしもこの状態のままずっと続いていったら、あたしは本当にシャルと生活していくことになるんだよ」
「良い事ではありませんか。何が不満なんですの?」
あたしにとってはそれは良い事なのかもしれない、ただグウェンにとってはの話なのだ。
「あんたは幽霊のまんまじゃない。それって死の運命を回避していないと同じじゃないの」
そう言うと一度目を伏せてから、あたしに向き直った。
「………婚儀を結んだあとに、モモカが私の身体に残る選択をしたのならば、私は消えると思いますわ」
「えっ………なに? どうしてそんなことが分かるの」
言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかってしまい動揺を見せてしまう。
「調和の女神様ですわよ。私の前世が何かしらの不整があったからこそ、こうして幽霊としてモモカに憑りつけているのですわ。死の運命を回避したのならば私の存在は不整なのですわよ。ですから、消えてしまうのですわ」
あっけからんと言う。それって死ぬって事と変わらないはずなのに、他愛ない会話をしているくらいにいつもと同じ調子で言うのだ。
本来のグウェンという存在が消えてしまう。それは死だ。魂までもが消えたら本当の死だ。そうならない為にあたしは今までやってきたはずだ。だから選択は一つしかない。
「じゃあ私は残らない。それにあたし元々元の世界に帰るか、違う異世界に飛ばしてもらうつもりだったしね」
暇で退屈な現実世界か、刺激的で革新的な異能バトル物の異世界へ飛ばしてもらおう。そうすれば丸く収まる。
「これも仮定のお話ですが、残らない場合はやり直した時間は巻き戻るのですわ」
「はぁ!? じゃあもう一回ってこと!?」
今までの苦労はなんだったんだって思いが籠った一言を放つとグウェンは首を振った。
「いいえモモカはもう私の身体にはいませんから、もう一度やり直すのは正真正銘私自身ですわ」
胸に手を当てて自信満々に言うグウェンにあたしはずっと引っかかっていた疑問を提示する。
「………あんたさ、さっきから仮定の話をしている割には受け答えが具体的なのはなんなの?」
そう。いつもは曖昧に多分とか恐らくとかつけて説明してくる癖に、今回に至ってはハッキリと明瞭に受け答えしてくる。
グウェンは少しだけ口角をあげた。
「鋭いですわね。モモカがカミーユと過ごしている間に啓示を受けたのですわ」
あぁだからグウェンにしてはカミーユと暫く離れるのに興奮することもなく落ち着いていたのか。
「じゃあつまりあたしが残ればあんたは消えて、残らなかったらあんたはもう一回やり直しってこと? なにそれ、不条理過ぎない?」
「そうですこと? 残ればモモカは好きな人と結ばれますし、残らなければ私は死なずにお手本を参考にしてやり直せるのですわよ」
「だって、そんなの………」
「そうですわよね。モモカは残らないを選択しますわよね」
目的を達成したとしてもどちらかしか残ることができないならば、グウェンが死の運命を回避して、シャルと結ばれることを望んでいるのだ。だから必然的に残らないを選択するしかない。
あたしの幸せよりもグウェンの幸せが目下の目的なのだから。
「反対にお聞きしますわ。モモカ、貴女はシャルル様と添い遂げて、この世界でやっていこうとは思いませんの? その程度の好きでしたの?」
ガツンとハンマーで頭を殴られた気分だった。
あたしがシャルに思いを募らせているのはあたし自身も理解していた。グウェンの為だと、誤魔化し誤魔化しながらも接していたが、これは列記とした恋心だ。
シャルと過ごす時間が心地よかった。噂の出どころや、皇族との仲を取り持ったりと多忙を極めていたが、日々の終わりにシャルと一緒に紅茶を飲んで茶菓子を食べるあの時間が愛おしいくなっていた。グウェンがやっていたダンスを魅せるとは違うけど、同じように大切な時間と思える。
いつの間にか本気で恋をしていた。
だからこそだ。
「あたしは………それでもあたしは、残らないを選択するよ」
「私の為? ですの?」
「半分はね。シャルの事は好き。多分人生の中で一番好きって浮かれているくらい好きだよ。でもあんたの、グウェンの事も同じくらい好きで大切だから、あたしはグウェンを優先するんだ。それがもう半分だよ」
異性と親友。好きと好き。家族と家族。どんなラベルが張られていようと、あたしの中で最優先なのはグウェンだ。決定付けられた運命とか、あたしに課せられた使命とか、そんな大層なものじゃなくて、単純で純粋な思い一つ。
「わ、私を恋愛対象として見ていますの?」
「いやそれはない」
上擦った声の質問をきっぱりと否定しておく。
「そ、そんな迷いもなく………では友愛だけで私を優先しているんですのね」
「簡単に言われるとそうなるけど、白亜紀までの地層のように深い思いがあるんだよ」
「よく分かりませんが、私を慮ってくださっているのは伝わりましたわ」
何よりもグウェンが大事という揺るがない思いは伝わったようだ。
「この際だからあたしももっと言っとくけど、あたしがシャルと誓いのキスをしてもいいの?」
「………い、いいですわよ。そそそそうしないと死の運命を回避することはできないのですから」
あからさまに態度に出ているのはツッコミ待ちなのだろうか。
「へぇ、あたしだったら身が焼ける思いだけどね。だってもう一回やり直して、シャルと添い遂げられても、その記憶がチラつくんでしょ? あたしだったら耐えられないなぁ」
遥かに想像し易いように言うとわなわなと震え出した。
「………嫌ですわよ! できるなら私が誓いのキスをしたいですわよ! でもモモカになら、モモカなら託せますの!」
唇を噛んで悔しそうにする表情は言葉と合ってはいないので追撃する。
「本当?」
白くなった唇から血が滲むんじゃないかと心配になってきたところで、グウェンは結んでいた口を開けた。
「 ぐうぅ………やっぱり嫌ですわぁ………」
本音駄々洩れだった。そりゃあ誰だって見せつけられるのは嫌だろうし、その記憶を受け継ぎながら思い人と誓いのキスをするのはもっと嫌であろう。
「あたしはあんたがその反応で安心したわ。ここで潔く身を引く自分を高尚に語ってたら張り手かましてたもんね」
夢の中ならば物理的に殴れるはずだろうから、バシンと一発やっていた。
「ぼ、暴力反対ですわ」
ぶたれたのを想像したか左頬を庇うようグウェンはそう言う。
「散々嫌いな奴には暴力を推奨してきた奴が何言ってんだか。………そうだな、誓いのキスはペナルティを受けるかもしれないけど、あんたがあたしの身体に憑りつく?」
「うっ………それは叛逆的でありますわね………」
信仰か己の欲かを天秤にかけて唾をゴクリと飲んだ。
「一瞬、一瞬なら大丈夫ですわよね?」
「いや知らないけど………あんたがそうしたいなら、あたしは手伝うだけよ」
こう夢の中で企んだところで調和の女神様とやらは常に監視しているはずだ。
「まぁこれで意見がまとまったんじゃない?」
「モモカはこの世界に残らないんですわね」
「うん。グウェンもあたしの真似すれば、この結果になるんだし大丈夫でしょ………多分」
「どうして不確定な言い方なんですの!?」
「いやぁ、そりゃあ、ねぇ」
グウェンドリンちゃんは唯我独尊だから、また違う結果を生み出しそうだな。なんて言うのは幸先悪そうなので言わない。
「ぐぬぬ、絶対に上手くやりますわ! ここで約束しますわ!」
「わかった。約束して、あたしがいなくなっても絶対に同じ結果にするって」
「命に代えても同じ結果にしてやりますわ!」
あたしとグウェンは固い握手をした。夢の中なのに感触がしたのは錯覚だろう。
「あ、言い忘れていましたけど、この記憶は自動消去されますわ」
「は? なにその悪の組織の伝言を消す文言………爆発しないわよね」
「思い出すのは事後になりますわね」
「いやなんのよ! おい! 待て! 何か企んでいるでしょ!? そうだ!前回の不整ってなんなの! 何が不整だったのよ!」
23日 21:10投稿予定です。
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