悪役令嬢と前夜と消える夢と
「モモカ起きなさいな」
「んー、今何時」
手を伸ばして時計をまさぐるも、ふかふかなベッドの感触もしなかった。おや? と不思議に思って目を開けて体を起こすと、あたしはラインバッハ家の自室の姿見の前に立っていた。
「なっ、どういうことこれ!?」
王宮の自室で寝ていたはずなのに突然の転移に驚きは隠せない。
「落ち着きなさいな。夢ですわよ夢」
「夢?」
あたしの背後にいるグウェンが呆れた様子で言うので辺りを見回すと、窓の外はまばゆい光に包まれていて外が無かった。確かに地続きになっていないのは夢っぽい。
「じゃあ寝るか」
隣にある懐かしのデカいベッドに座る。
「夢の中で二度寝しないでくさいまし!」
「えー、だって明日結婚式だよ。前日にヘンテコな夢見て疲労したくないじゃん」
緊張で凝り固まって疲労感を若干感じるのに、夢でも疲れたくない。
「ヘンテコって、いつものモモカの夢よりは変ではありませんわ」
「いつもの夢って………どんなんだっけ?」
「謎の呪いを巡ったトレジャーハントや、豪華客船から身一つで海賊を懲らしめたりといった波乱万丈な夢ですわ」
「なんか見たことある映画の設定だね」
どれもこれもシリーズ化してそうな映画だ。
「私は知りませんわよ! モモカの夢ですもの! それよりも、お話しをする為にやってきたのですわ」
「話? 起きてる時にすればいいじゃん」
「起きている時は………ほら忙しかったではありませんか。それに誰かに虚空に話しているのを見られるのもナーバスになっているかと思われてしまうではありませんこと?」
「な、なるかなぁ?」
グウェンと二人っきりで話すには就寝前しかない。あたしの就寝時間はグウェンより遅いし、既にグウェンは寝ているので、こうして二人で話すことは殆どと言ってなかった。
「と、とにかく、一度モモカとは腰を据えてお話がしたかったんですの!」
恥ずかしそうに本音を叫ぶグウェン。理由はどうあれ話したかったと言われて悪い気はしない。
「ふぅん。まぁいいけど、で、話題は?」
ベッドに更に深く重心を乗せると、グウェンは前までやってくる。
「単刀直入に言いますわ。シャルル様との婚儀の事ですわ」
「中止にしろってこと?」
「茶化しは無しですわよ」
「あ、うん………ごめん」
グウェンの怜悧とした目が光った。どうやら真面目な話のようだ。
「モモカ、貴女はシャルル様の事をどう思っていますの?」
「どうって………まぁ好きだよ」
「それは人として? それとも異性としてどちらですの?」
あたしがひた隠しにしていた核心に迫る胃がキリキリするような質問であるが、本心を答えておこう。
「異性としてだよ」
言ってしまった。
グウェンの好きなシャルの事を異性として見ている事実を本人の前で告げてしまった。
火照った顔が上げられないし、グウェンがどういう表情をしているのかも見る勇気が足りない。
「聞けて安心しましたわ」
とって変わってグウェンはあっさりとした言い草だった。顔を上げるといつもと変わらない表情であった。
「いや一方的に安心しないでよ、どういう意図なのか教えてよ」
あたしだけが気を揉んでいたのが気に食わないので反駁すると、グウェンは想定通りの質問だったのか淀みなく話し始める。
「このまま婚儀を終えると、恐らくですが私の二度目の人生は目的を達成することになりますわ。モモカには私の変わりにシャルル様と婚儀を結んでもらいましたが、モモカは心から望んでいないのではないのかと、ずっと思っていましたの………」
今度はあたしが聞けて安心していた。
「まぁ無理矢理に転生させられて、無理矢理に死の運命を回避させられているのは否定しないね」
「そ、それは………耳が痛いですわね」
グウェンは実に申し訳なさそうに頬をかいた。
「前にも言ったけど、あたしがやりたくてやってるの。あんたの為だったりもするけど、意思決定はあたしがしてるの。だから後悔も満足もあたしの選択だよ。まぁあんたの女神様に会ったら一言は申すけどね」
なんであたしを選んだ適正ないだろとか、バトル展開もっと用意しておけとか、魔術をもっとバシバシ使わせろとか。一言で済まないかも。
「一言なら………許されますわよね?」
あたしのことを不憫に思ってくれているようで、小さな抵抗を許してくれた。
19日 21:10 投稿予定です。
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