第一皇女と共謀と犯人と
あたしの手紙を盗んでいた人物が判明した。ヨランダが長い諜報活動を裏でしてくれていて犯人を突き止めたらしい。どうやったかは法に触れるかもしれないから聞かないことにしておいた。
ヨランダの働きに驚いたのも少しの間で、犯人がなんとクレマンティーヌの侍女だと知らされて更に驚愕する羽目になった。
突き止めたはいいけど確固たる証拠がない。手紙を取るところをヨランダが見ただけで、物的証拠はないのだ。だから呼び出したとしても白を切られたら突き詰めることもできない。
だから手紙が来る日付を見計らって、現行犯逮捕してやろうと思い立った。現行犯ならば白を切ることはできない。
捜査一課の刑事よろしく、荷物の集積所が隠れて見える場所で張り込みをしているところなのだ。
「グウェンちゃん、何してるのー?」
できるだけ自然体で隠れていたら、本当に間の悪い女であるクラリスが呑気に声をかけてきた。
「大事な用事があるから邪魔しないで」
「えーなになに、クラリスちゃんもしたいしたい」
鬱陶しいから突っぱねたのに、集積所が見える角から顔を覗かせようとしたので、慌ててクラリスの手首を握ってあたしの方へと引っ張った。
「邪魔しないでってば」
「邪魔してないよ? 手伝ってるもん」
こいつとは真面に会話もできない。だったのならば屈せずに嘘をつかずに話を合わせておいた方がいいのかもしれない。
「あーもう分かった。あたしの手紙を盗っていた犯人が分かったから待ち伏せしてるの。だから手伝うつもりなら黙って後ろにいて」
「へーそいつグウェンちゃんのこと超かあいいって思ってるんだね」
見当違いな事をいうクラリスに目線を向ける。
「どこが? いい迷惑なんだけど」
「だって超かあいいからグウェンちゃんの物を欲しくなっちゃったんだよ」
「聞いたあたしが馬鹿だった」
「モモカ! 来ましたわよ! ってまたその女!?」
ため息を吐くと、集積所の前で幽霊の特性を活かして張り込みをしていたグウェンが報告に戻って来た。角からちょっとだけ顔を覗かせると、ヨランダから聞いたボブカットの侍女が手紙を受け取っているところだった。
「よし! すみませーん」
あたしが声をかけて近寄ると、あたしの姿を見た侍女が肩をビクリと上げた。そして踵を返して走り出した。
「逃げましたわよモモカ! って速っ!」
声をかけた瞬間に怯えた目をしていたので、逃げるのも織り込み済みだった。魔力を込めて走ったのであっという間に侍女の手首を捕らえた。
「その手紙、あたしのだよね?」
「いえ………その………」
一度引きはがそうとしたが、魔力を込めたあたしの握力があまりにも強すぎて観念したか大人しくなったので、手の中のくしゃくしゃの手紙を指さすと、侍女は目を合わそうとはしなかった。
「現行犯なのにしらばっくれれると思う?」
「いや………私は………」
戸惑いが隠せていなくて、掴んでいる手首の動悸が早くなっていき、じっとりと汗ばみはじめる侍女。
「グウェンちゃんの事が超かあいいかったんだよね? だからグウェンちゃんの事がとーっても知りたくなったんだよね?」
追いついたクラリスが要らぬ横やりを入れてきた。辟易しながらも振り返って文句を言ってやる。
「ちょっとあんたは――」
「そうなんです! グウェンドリン様が愛おしくて、毎日思慕しておりました」
侍女は御助け舟がやってきたと言わんばかりに、ここぞと涙目になって声を張り上げた。
「なっ………なんですって!? 私の美しさが罪だったってことですの!?」
あたしも同じことを言っていたけど、本当に馬鹿っぽい発言だな。んなわけあるか。自惚れるなよ。
「だよねだよね! グウェンちゃんかあいいからしょうがないよね」
現状が理解できていない邪魔なクラリスを退けようとすると、クラリスの手に天秤が乗っているのに気がついたので、行動を一旦止めた。
クラリスは侍女の前まで天秤を差し出して、無邪気な笑顔で言う。
「じゃあこの天秤に手を乗せて、同じことを言えるよね?」
笑顔を崩さずにクラリスが言うもんだから、その天秤の効力を知っている侍女は顔を青ざめさせた。
「言えないの? 言えるはずだよね? グウェンちゃんの事を毎日思慕しているんだよね? まさか嘘じゃないよね?」
天秤を顔の前にまで持っていくクラリス。侍女は次第に荒い呼吸になっていき、不規則な呼吸へと変化していって、最終的には白目を剥いて倒れてしまった。
「軽い言葉なんだね」
倒れた侍女に鼻白むような言葉を投げかけてから、天秤を直してあたしの方へとクラリスは振り返る。
「どう? クラリスちゃん役にたった?」
「………まぁありがとう」
「うぇへへ褒められちゃった」
純粋100%で受け止めて、嬉しそうにするクラリスは到底成人済みとは思えない。そんなことよりも気になることがある。
「でもどうしていきなり手伝ってくれたの?」
「ネェルちゃんにお願いされたから。御姉様をよろしくってね」
答えを知りたければ何かを要求してくるかと思っていたので、案外あっさりと答えてくれて拍子抜けではある。まあ何も無いに越したことはない。
「ネェルにお願いされたからって、あんたが手伝う理由なんてなくない?」
「あるよありありよ。だって手伝ったらネェルちゃんはクラリスちゃんの………」
と、自慢げに説明しようとしたところでピタリと止まった。
「あんたの何?」
「ひみつー。それよりもこの娘どうするの? 処すの?」
どうせ物にするとかなんとかだろう。ネェルがクラリスの所有物になったら、また王宮に出入りできてしまうのだろうけど、そこまで影響力はないはずだ。
クラリスは倒れてしまった侍女を指して怖い事を言う。
「処さないよ。クレマンティーヌさんのところに連れていく」
「あーね。やめといた方がいいよ」
「なんでよ、この人はクレマンティーヌさんの侍女なんだから、あたしが勝手にどうするもできないでしょ。だったら一緒に話を聞けばいいじゃない」
「グウェンちゃんはクレマンティーヌさんに気に入られているからまだいいよ。ただお痛をしたこの娘はどうなっちゃうかな? あとね、クレマンティーヌさんの侍女ってたまーに大きな休みを取る時があるんだよー?」
失敗した侍女がいびられるなんて話はどこにでもありそうだ。シャルの執事だってそのせいでいないんだしね。
ただもしも、もしもクレマンティーヌが噂を流している人間であり、あたしを貶めようとしているならば、素直にこの侍女を差し出してもいいものか? 証拠を隠滅するためにこの侍女の命が無くなる可能性だってあるんじゃないか。クラリスはそれを示唆しているのだとすれば、あたしが取れる行動は限られている。
「………あんた手伝ってくれるんだよね?」
「クラリスちゃんは嘘つかないよ。何をご所望かな?」
「じゃあちょっとやって欲しい事があるんだけど………」
今日この日をもって、あたしとクラリスは共謀することになった。
11日 21:10 投稿予定です。
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