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魔術会と噂と者々と(5)


「続きましては………えっ、あ、はい。えー失礼致しました。続きましてはオーギュスタン様による炎雷の魔術です」


 実況が淀んでから紹介されて出てきたのは、日焼けした朝黒い肌にオールバック逞しい肉体の持ち主であり、凡そ魔術師のイメージとはガタイが程遠い人物だった。


「うわっオーギュスタン兄じゃん………」


 珍しくイーっと歯を見せて嫌悪感を露わにするクラリス。オーギュスタンと言えば第一皇子なるものだが、今は遠征中ではなかったか? クレマンティーヌも「あらあら」と困っているし、クラリスの反応から見ると本人には間違いないのだろう。


「カミーユ様」


 そこへカミーユの元に一人の魔術師風の細い男がやってきて耳打ちした。


「どうやらオーギュスタン様は遠征を抜け出してやってこられたらしいですね」

「兄上の悪い癖だ………」


 シャルが額に指を当てて唸っている。他国遠征から抜け出して一地方の催しにやってくるって、厳重注意ものではなかろうか。だから皆困っているのか。


 身内の気も知らずにオーギュスタンは取り換えられた人形と対峙する。あたし的には物珍しい魔術が見られるなら何でもいいところではある。


 右腕を高く掲げたら掌にピンポン玉サイズの炎の球体が出現する。体格に似合わない案外可愛い魔術を使うんだなと思っていたら、次第に球体のサイズが増していく。テニスボール、バスケットボール、バランスボールと、もう両手で抱えるのが難しい程の大きさである。それでも足りないかまだ肥大化していく。最終的には成人男性二人分くらいの大きさになっていた。


 それはまるで小さな太陽みたいで、球体の中では炎が蛇のようにうねり、何故かは知らないけど球体の外周はバチバチと放電現象が起きていた。


 魔術習いたてのあたしでも分かる。これは上級、いや、魔法に近い魔術だ。それをあの人形に向かって放出しようとしている。こんなにも視覚情報だけで規格外と判別できるのを放ったら、一体どうなってしまうのかなんて想像がつく。


 オーギュスタンが白い歯を見せた瞬間に、あたしは嫌な予感がしたので防御の構えをとった。


 オーギュスタンの手から放たれた、収縮された恒星が人形へと着弾して爆発した。最初に知覚できたのは視界を奪う白い光であり、次に目に入ったのは爆発の余波が目の前の魔術壁に防がれていている光景であった。音は遅れてやってきた。


 腹の底に響き渡る重音で身体が震えあがる。前にいるクラリスとネェルが抱き合って怯えているのを余所に、魔術壁があるのに防御の構えをとっていたあたしはビビりすぎたと、構えを解いた瞬間だった。


 魔術壁が割れた。


 いきなり視界が真っ黒になって、背中に軽い衝撃を受けた。


 これまで感じていなかった熱風があたし達に襲い掛かかるはずであったのに、感じるのは自分の頬が火照っていくだけだ。これは炎雷の魔術の効果じゃない。これはあたしにかけられた魔法の効果だ。


「グウェン、大丈夫?」


 至近距離にはシャルの顔があって、あたしを心配する吐息が頬に当たっている。迫りくるはずであろう熱風から体を張って守ってくれたのだろうけど、どこからどうみても押し倒されている状況なんだと俯瞰する自分がいて、俯瞰できたことによって身動きできずに、相手に行動を委ねるだけの状況に恥ずかしさと、身を挺して守ってくれた嬉しさが込み上げてくる。


「目を瞑りなさいな。そうすればきっと良い事が起きますわ」


 あたしの中のおませな悪魔が囁いているのかと思ったが、背後霊が囁いているだけだった。それが甘酸っぱい世界から引き戻すトリガーになった。


「大丈夫。シャルは?」


 さっきの告白宣言が尾を引いているが、なるべく気丈に振舞う。


「ボクも大丈夫だよ。ほら二人が守ってくれたみたいだから」


 首を横に向けてシャルの腕の隙間から状況を見ると、ヴィクトルが一番前に立って熱風を空へと逃がしていて、カミーユがあたし達を水の膜で保護してくれていた。


 カミーユ………魔術使えるの!? とか、あのミニ恒星爆発の魔術を操っているヴィクトル過ごすぎない!? とか、言いたいことは色々とあるけど、まずは目の前の人物の心配をした方がいいと心の指針に従うことにした。


「いや身体は無事なのはそうなんだけど、ほら、この距離で大丈夫なの?」


 あたしが言っていることを察したシャルは慌てることなく小さく頷く。


 あたしは馬鹿か。そもそも押し倒されているのだ、既に触れられているのである。


「目を、瞑るの、ですわ」


 天啓かのような声がシャルの背後からする。


 いいのだろうか、事の成り行きに身を任せてしまっても。流れとしては河から海への流れくらい真っ当な流れだ。絶対いけるとの確信があるからこそグウェンも背中を押してきている。本当にいいのか? それはあたしとグウェンの間に溝を作ってしまうんじゃないか。


 ふつと湧いた危惧にあたしは目を見開いた。


「じゃあ起こしてもらってもいい?」


 口元を緩めてそう言うとシャルが先に起き上って、伸ばした手を掴んで起こしてくれた。


「一歩前進だね」


 あたしはいつもの笑顔で言うと、シャルは照れくさそうに笑った。握られた手は触れても逃げようともしないし、震えてもいなかった。


「姉上大丈夫ですか!?」


 カミーユが魔術を解いて起き上がったあたしに近寄ってくると、手を離してお互いにどぎまぎと距離をとった。


「あーうん。大丈夫! カミーユは大丈夫? てかカミーユも魔術使えたの!?」

「良かった………父上から護身術程度には教わっていますからね」


 オトウサマはあたしには教えてくれない癖に、息子には教えるんだ。多分あたしの好奇心が強すぎたのがいけなかったんだとは理解している。


「君のおかげだよグウェン………」

「え? 何か言った?」


 シャルが何か言った気がしたので訊ねると首を振られた。気のせいか?


 一番シャルの近くにいたグウェンなら何か聞いたのかもしれないけど、何も言ってこないので気のせいなのだろう。



6日21:10に更新予定です。


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