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魔術会と噂と者々と(4)

闘技場は戦闘で使える魔術を披露する場として使われている。魔術で戦うとヴィクトルは言っていたが、どうやら人対人で戦うのではなくて、魔術耐性のある人形に対して魔術を放つだけのようだ。まぁ人死にがでる闘技場観戦は趣味じゃない。自分がでるならまだしもね。


「やぁんネェルちゃんかあいいかあいい」

「あ、あはは、クラリスちゃんも可愛いデスワ~」


 クレマンティーヌが取ってくれていた特別仕様の観戦席の最前列には合流したクラリスに目をつけられて愛玩動物かのように扱われているネェルがいた。ネェルは時折あたしに助けを求めるような視線を送ってくるが、あたしが標的にされないように、そのまま贄となっていてもらおう。これもまた不幸、というか不憫。


「へぇ貴方がグウェンドリンさんに魔術を」


 クレマンティーヌはヴィクトルに興味ありげな目で観察していた。


「カミーユは! カミーユはどこですの!?」


 グウェンは空中を漂いながら血眼でカミーユを探していている始末。


 あたしとシャルはさっきの告白宣言を思い出して、お互いに顔を合わせると照れ笑いをし合って会話という会話がなかった。


 この場は言うならば混沌としていた。


「ではお次は、フィリップ・ド・ヴァロウヌ様による、破岩の魔術です」


 混沌とした場に聞き覚えのある名前が聞こえたので、空耳かと確認すると、闘技場の真ん中へとフィリップが歩いていく最中であった。


「なんでフィリップが!? てか魔術使えるの!?」


 令嬢らしくもなく、また淑女らしくもなく、席から立って大声でツッコミを入れるとフィリップと目が合った気がした。


 フィリップが地面に肩手をつけると、地面が手に向かって隆起し始めて、隆起した地面が手を覆い尽くしてしまった。それを接地面から切り取るように蹴ってから、大きく胸を開いて背後へと持っていく。推定百キロを超えるであろう岩を片腕につけながら、重心を崩していないのは魔力のおかげもあるけど、フィリップの鍛え上げられた体幹もあるのかもしれない。


 見た目骨折してギブスを巻いているような太い岩肌の腕を人形に向かって投げた。腕からスポッと岩が抜けて人形に直撃して、岩は爆散した。観客席まで小粒が飛んできたが、小粒達は魔力を含んでいるので、観客席前に張られている防御陣に弾かれる仕様である。


 砂煙が晴れると、魔術耐性のついているはずの人形は粉々になっていた。名のある魔術師たちが様々な感嘆の声をあげているのが聞こえてきた。

 

「凄いじゃんフィリップ………」

「フィリップさんは、確かグウェンの元カップルだったよね。彼も魔術が使えたんだね」

「い、いやあたしの知る限りじゃ使えないはず」


 貴族は魔術を使わない。これは太平の世の若い貴族の間では常識らしいのだ。


「そうなの? この場で新作魔術を披露できるんだったら、相当の熟練魔術師のはずなんだけど………」

「あ、あたしにも何が何だか」

「フィリップさんはここ最近頭角を現した魔術師ですよ」


 あたし達の背後から優しくも清廉とした説明が聞こえたので振り向くと。


「カミーユ」

「カミーユですわ! あぁ! より凛々しくなって! 男子三日会わざるばうんたらかんたらですわ!」


 髪の毛がまた少し伸びて、麗人よりになったカミーユがいた。グウェンは教えた故事成語を省略していたが、言いたいことはわかる。今のカミーユに流し目で愛を囁かれたら、恋しない女子はいないと思うもの。


「挨拶が遅れました。本日の魔術会の責任者の一人であるカミーユ・ド・ラインバッハです」


 カミーユはクレマンティーヌとシャルに向かって挨拶をすると、二人も軽い挨拶を交わした。


「えっ! えっ! カミーユちゃまじゃない! うそっ! モノホン!? えぐっ! カッコヨ! 目潰れそう! そうだサイン! サイン頂戴!」


 ネェルを可愛がっていたクラリスが遅れて甲高い声でカミーユに反応し始めた。


「クラリスさん」


 冷ややかな口調でクレマンティーヌが名前を呼ぶと、サインを強請ろうとしていたクラリスの行動がピタリと止まった。


「まだネェルフアムさんとお話ししていたいですよね?」

「………く、クラリスちゃん、ネェルちゃんとお話したいかも~」


 笑えていない表情で、中腰だったクラリスは静かに元の座り姿勢へと戻った。クレマンティーヌの氷柱を心臓に刺すような一言でクラリスが大人しくなってしまった。標的にされているとか言っていたけど、しっかり上下関係が出来上がっているのを初めて目の当たりにして、若干あたしは引いている。


「彼は………ヴァロウヌ家の長男ですね? グウェンドリンさんのように良い教育者がいたのでしょうね」

「そうですね。フィリップさんは父上、イザークに師事していますから………ですが彼の魔術の素養は一般的な人たちとは比べ物にならないくらいにあるようですよ」

「あっ! 分かりましたわ! フィリップがこっそりラインバッハ家に来ていたではありませんか! あの時からお父様に指南してもらっていたのですわよ!」


 グウェンが手を打って真相を解明していた。

 あぁだから苦し紛れの言い訳をしていたのか。貴族が魔術を習っているなんて、貴族社会から見ればお笑い種なので隠していたんだな。でもここで披露すれば周りにバレる気がするけど、ここまで高評価ならばまた違った見方をされるのかもしれない。


 それにしてもフィリップにも魔術の素養があるとはね………いやおかしな話じゃないか。ずっとこの馬鹿程魔力を吸うグウェンとカップルを組んでいたのだ。相手のフィリップも同等の魔力を保有していないと成り立たない。恐らくだが、グウェンが魔力を吸い過ぎて内なる素養に気がつけなかったんだろう。


「でもどうして今更魔術なんて?」

「それは本人に直接聞くしかないですね」


 肩を竦めたカミーユにそう言われても、闘技場を去っていくフィリップの背中は答えてくれなかった。


5日21:10に更新です。


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