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魔術会と噂と者々と(3)


 魔術会の御日柄は晴れ時々曇りといった空模様だが、夏のカラッとした暑さを防ぐために海月のような形をした白い日傘を射して、魔術の論文や本や、魔術耐性がついた生活用品達が並ぶ市場をクレマンティーヌと、シャルと、クラリスと共に歩いていた。


「これかあいい! あれも! それも! かあいいから頂戴!」


 後ろの方でクラリスが色んな商品に目移りしては、手に取って隣にいる侍女に渡していって次の店へと移動する様子が見えた。品物の代金はまた別の侍女がしっかりと払っているが、買い方が下品と言わざるを得ない。


「ねぇグウェンドリンさん、少しいいかしら」


 そんなクラリスを冷ややかな瞳で見ていたら、前を歩いていたクレマンティーヌが歩速を落として、あたしと隣同士になってから訊ねてきた。シャルはクレマンティーヌのことも恐怖対象なので、少し離れた。


「なんでしょう?」

「どうしてグウェンドリンさんの日傘は内側が黒なの?」


 クレマンティーヌやクラリスの射す日傘は薄緑色だったりするが、あたしのは真っ黒だ。流石は第二王妃お目が高い。


「黒色が反射光を吸収するのでこの方が涼しいんですよ。使ってみます?」

「いいの? ではお言葉に甘えてしまいましょう」


 クレマンティーヌの傘と交換する。


「あら本当ね、少し涼しい気がするわ。どこで売っているのかしら」

「あたしが勝手に改造したので一品物ですね」


 このラリア皇国は湿気があまり無いので、じっとりとした暑さは殆どと言ってないが、暑いものは暑い。なので、強制的に身に着けさせられた針仕事を応用した次第である。クレマンティーヌの難題に立ち向かう為の力が、クレマンティーヌを喜ばせることになるとは思いもしなかった。


「グウェンドリンさんは創作がお上手なのですわね」

「いや~それほどでも」


 お世辞だとしても褒められたら嬉しいものだ。

 ただ他人の物真似が得意だから、自分始動の創作は苦手分野ではある。その証にこの日傘もよーくみると粗が目立つ。


「グウェンドリンさんは御兄弟がいらっしゃるんでしたよね?」

「はい。弟が一人と妹が一人います」

「こんな物作りが得意な御姉さんがいるなんて鼻が高いでしょうね」

「そうですかね」


 カミーユもネェルも何かを作らなくても自慢の姉だと鼻高々に自慢しそうではある。


「そうですよ。私は一人っ子でしたからね。もしもグウェンドリンさんのような御姉さんがいたら、きっと褒め称えています」

「ありがとうございます」


 純粋に誉めてくれているはずなのに、どうして美辞麗句に聞こえるんだろうか。あたしの心が疚しいからか?


「そういえばグウェンドリンさんはジャンヌさん似ですが、御兄弟は?」

「弟はあたしと同じ金髪で父と母両方に似ていると思います。妹の方は母が違うので似てはいませんね。ただどっちもめっちゃ格好いいし、可愛いです」

「へぇ、妹さんはシュザンヌさん似なのかしらね」

「異母と同じなのは茶髪が混じっているくらいで、目がくりくりしているし、声もふわっとしていて可愛いし、赤茶髪と黒の髪の毛が印象に残るし、お行儀も良いのでどこに出しても恥ずかしくない妹ですね」


 あたしへの偏愛は置いておくと、妹馬鹿になれる程は可愛い。あの性格さえなければなぁ………残念異母妹だ。


「御姉様~」

「そうそう、こんな感じのふわっとした声で」


 言っている最中で、声が聞こえてきた方をハッとして見るも、そこは市場の屋台が並んでいるだけだった。ネェルの幻聴が聞こえ始めたのは、手紙を再三読んだせいだろうか。


「御姉様~」

「あら? あそこで跳ねている方はグウェンドリンさんの妹さんと特徴が一致しますが、他人の空似でしょうか?」


 クレマンティーヌに視線を誘導させられて見てみると、そこには小さな身体で両手をあげながら跳ねているネェルがいた。寝ぼけているのかと目を擦って観てもいる。


「あ、あの行ってもいいですか?」

「もちろん。シャルル、グウェンドリンさんは家族水入らずに話したいでしょうから、私達は御邪魔になりますので、先に行ってましょう」

「いえ、ボクはグウェンから離れる訳にはいかないので」


 シャルの言葉に意外そうな顔を一瞬だけみせたクレマンティーヌはすぐにいつもの柔和な表情に戻った。


「そう。でしたら先に闘技場へと向かいますね」


 クレマンティーヌを見送ってからネェルへと寄ると、隣に眼帯イケメン執事ことヴィクトルもいることに気がついた。


「御姉様~」


 市場を抜けた横の通りで、ネェルがあたしの胸の中に飛びついてきた。


「な、なんでネェルとヴィクトルがいるの?」


 そんなネェルの頭を撫でつつ問うと、あたしの胸の中を堪能しているネェルではなく、ヴィクトルが答えた。


「魔術会にご出席されるようでしたので、ネェルフアムお嬢様にお伝えしたまでです」


 確かに手紙ではヴィクトルに魔術会に行くって伝えたが、まさかそれをネェルに伝えられるとは思ってもいなかった。そもそもネェルに伝えたところで、ネェルがやってくるなんて事も考えもしなかった。もっとネェルの認識を改めないといけないのかもしれない。


「いつまで埋めているのネェル、お行儀が悪いよ」


 胸の中で頬擦りしていたのが、今では深呼吸をずっとしているので力尽くで引き剥がしつつ注意する。


「あーん、まだ御姉様の成分を補給していましたのに!」


 あたしから出汁みたいなのが出てるのか? それともグウェン元来のもの? どっちでもいいけど、変態じみてる発言ではある。


「変な事言ってないでほら、シャルに挨拶!」

「はっ! これは失礼いたしましたわ。 私、ネェルフアム・ド・ラインバッハですわ。よろしくお願いしますわシャルル義兄様」


 特殊な姉妹事情を困った顔で見ていたシャルに気付いたネェルは、猫を被ったように様変わりして丁寧な挨拶をした。


「シャルル・ド・ラリアだよ。ボクもネェルさんって呼んでいいかな?」

「是非! 私もシャル様と呼んでもよろしいですか?」

「うんいいよ。よろしくね、ネェルさん」

「よろしくお願いしますわ」


 好みの男子と可愛い少女がにこやかに挨拶をしているところを見てほっこりする。


「モモカ! 間に入りなさい! 早く!」


 何を焦っているんだグウェンはと、思ったが、そういえばネェルはシャルを横恋慕した前科があるんだった。確かに距離が縮まるのはあたしの寿命が縮まるのと同義かもしれない。


「シャル、ネェルが可愛いからって惚れちゃ駄目だからね」


 間に入って冗談めかした釘をさしておく。


「グウェン。ボクはグウェンにしか惚れないし、他に誰も愛さないよ」

「しゅ、しゅきですわ!」


 愛の告白に稚拙な感情丸出しの告白で返しているグウェンは放っておこう。


「そ、安心した。あたしもシャルしか眼中にないから」


 ちょっと早くなった動悸を知らないフリしながら格好をつけてみたりする。危ない。先制パンチ並の愛の言葉をこれ以上宣誓されていたら、ノックアウトしてグウェンみたいになっていたかもしれない。


「あま~いですわ! 御姉様とシャル義兄様のやり取りに私の頭の中が蕩けてしまいますわ~」


 件のネェルは両手を頬にあてて、あたし達の間でグウェン並にアホな事を言っていた。本当に横恋慕するのか怪しい程にアホっぽい。アホに擬態しているのかな。


「あ、あとこっちはあたしの魔術の師匠で、ラインバッハ家の執事のヴィクトル」


 アホ二人を放っておいて、あたしの紹介でヴィクトルは深くお辞儀する。今更なんだけど、ヴィクトルに苗字はない。詳しくは教えてくれなかったけど、捨てたとかなんとか。

 

「グウェンから話は聞いているよ、よろしくねヴィクトル」

「私などのような者に礼儀を持って接してくださり感謝いたします」

「で? 二人だけで来たの?」


 辺りを見回してもイザークもいないし、ネェルの専属メイドもいない。


「いいえ、御父様が出席できない変わりにカミーユお兄様がいらっしゃっていますわ。ヴィクトルは私とお兄様の護衛ですわ」

「カミーユも来てるんだ」

「モモカ、今すぐ会いに来ますわよ!」


 今度はカミーユ成分が足りていないグウェンが興奮しだした。


「お仕事中?」

「そうですわ。たしか闘技場にいらっしゃるはずですわ」

「急いでいきますわよ!」


 頭の中がカミーユで埋め尽くされてしまったグウェンが暴走を始める。


「闘技場だったら、じゃあすぐ会えるか………」

「御姉様もう行ってしまいますの?」


 うるるとした瞳で言うネェル。可愛いけど、これ演技なんだろうなって邪推してしまう。


「グウェンとも積もる話もあるだろうし、ネェルさんも一緒に来るかい?」

「いいんですか!?」

「うん。誰にも文句は言わせないよ。グウェンもそれでいい?」

「う、うん」


 極力ネェルとシャルを引き合わせておきたくなかったが、今はあたしだけに夢中になっているシャルの言葉を信じよう。


「ほら! モモカ! 早くですわ!」


 掴めないのにあたしの袖を引っ張るグウェン。あぁもう鬱陶しい弟馬鹿だ!

4日21:30に更新予定です。




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