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専属メイドとダンスと魔力と


 経験値を溜めると言ったが、そもそもレベルアップシステムがこの世界に導入されているかも分からない。とりあえず現時点で分かっている魔術と魔法との素敵な分野があるから、そこを伸ばしていけば最終的に経験値が溜まるとの考えに至った。


 この世界での魔術と魔法の関係は、魔術の殆どが一般的に使える代物で、魔法は資格と実力がないと使えない代物。魔法は使うに至らないのでまだあたしには関係ない。


 よくあるファイアとかの魔術は上級魔術に位置していて、使うには資格が必要なのだ。無論、これも現状のグウェンでは使えない。グウェンが使えるのは資格の要さない下級魔術だけである。それにもセンスや先天性の才能が関わってくるのでなんでも適応に使える訳でもないらしい。


 グウェンはキュキュというお皿についた油汚れだけを弾く魔術が得意で、それで弾いた油で服に染みを作って嫌がらせをしていた。使い方が非常にしょーもない魔術。


 他には目薬を一発で点眼できるピタチョンに、コップに並々飲み水を注いでも持っている限り溢さないビショナイに、降雨を八割の確率で予知するフリヤラレがある。

 全部戦闘には使えない魔術で、なんでこんな魔術覚えてんだってツッコミを入れると、先天性で勝手に覚えていたとのこと。つまり、自分で覚えた魔術は一切ないということだった。


 魔術は貴族に必要なく、そんなのは魔術師か魔法使いを夢見る輩にやらせておけばいいとのことだ。

 おかげで魔力を高める基礎訓練も怠っている様で、あたしは不満を露わにし、今日から魔力向上訓練を始めることにした。


 そんな無駄なことをしている暇があるなら舞踏会の為にダンスの練習でもしろと言われたが、それこそ無意味だと言ったら、グウェンが拗ねてしまった。


「お、お嬢様? 何をなさっているのですか?」


 中庭の奥まで行くと訓練に適している広い場所があったので、そこで腰を軽く落とし集中つつ気を溜めていると、頭の左右に大きなポンポンヘアが特徴的な丸顔のメイドさんが話しかけてきた。


 グウェンは拗ねているので助け舟を出してくれない。


 でも大丈夫。この人はグウェンの専属メイドのヨランダさんだ。

 この家で働いている人物達の特徴は拗ねる前のグウェンに教えてもらった。だが一回では全部覚えきれなかったので、とりあえずよく会うであろう人物は覚えておいたのだ。

 しかしグウェンはよく特徴も名前も全て覚えられるなと感心した。


「魔力向上訓練?」

「お嬢様、失礼します」


 すそすそとメイド服の裾を持って速足で近づいてきて、額に手を当てられた。切り傷や赤く腫れているけど、お日様のように温かい綺麗な仕事人の手だった。


「な、何?」

「いえ熱があるのかと思いまして」


 失礼な人だ。

 まぁでも今までやってこなかった事をいきなりやっているとなると、そんな反応にもなるか。


「あたしが魔力訓練したらおかしい?」

「えぇまぁ。お嬢様は魔力よりも優雅さを鍛える方を先決になさっているので」


 忌憚なき意見をキッパリと言う人だな。まぁこれくらいの胆力がないとグウェンのような高慢ちきの専属メイドなんてできないか。


「優雅さは極めたから、今度は魔力を極めようかなって」


 グウェンに鼻で笑われた。そうですよ。あたしは優雅の欠片もありませんよーだ。


「はぁ…それで瞑想をなさっていたのですか?」

「うん。でも実際どう高めればいいか分からないから、とりあえず瞑想からかなって。ヨランダさんは知ってる?」

「ヨランダ…さん? お嬢様、隠れて疚しい事をなさりましたか?」


 使用人に敬称をつけてしまって不審がられれる。友達でもない人にいきなり敬称略で話すの慣れないよ。


「あ、いや、ヨランダね、ヨランダ。てかあたしはそんな疚しい事もしないし、落ちてるものも食べないよ」


 もしかしたらアレルギー物質かもしれないしね。それに腹ペコキャラじゃない。


「何を仰っているんです。昔は野山を駆け回っては、野花や野草を食べていたではありませんか」


 グウェンが腹ペコキャラだった。へー、そんなやんちゃな一面もあったんだ。と、隣で拗ねて黙っているグウェンを見やると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「あはは、そうだっけ」

「全く……では私の腕に右手を支えるように置いてください」


 ヨランダが両手を胸の前に上げた姿勢でそう言った。


「へ?」

「へ? ではありません。魔力向上の方法をお知りになりたいのでしょう? 腕に手を置いてください」


 早くしろとの雰囲気を出すヨランダに背筋を伸ばして従い、右手をヨランダの腕に置いた。

 

「では左手で私の右手を握ってください」

「はい。ひゃっ」


 右手を軽く握ると肩よりも少し高い位置に手を持っていかれて、ヨランダの左手はあたしの背中に回ってきた。背中に手を回して当てているため、必然的に身体が引き寄せられる。どれくらいかと言うと、おへそとおへそがくっつくくらいに引き寄せられた。


 あたしよりも少しだけ背の高いヨランダの顔が近いし、邪魔な胸がヨランダの胸板に当たって気が気でならない。


「あら可愛い声ですこと」


 意趣返しのようなグウェンの一言は無視しておく。


「お嬢様、鈍っておられませんか?」


 冷たい目つきで呆れた風に言うヨランダ。顔が間近なので感情が読み取りやすい。

 

「いやだってこれって社交ダンスとかのポーズじゃ? どこがどう魔力向上に繋がるのよ」

「……やっぱり無理にでも指導しておくべきでしたね。いいですかお嬢様。魔力とは生物の体内に流れる第二の血です。血統は抗えませんし、血自体を鍛えることもできません。ですが増やすことはできます。では質問です。普通の血を増やすのはどうしますか?」


 簡単な質問だったが、ヨランダの顔が近いのでおずおずと答えた。


「え、えっと、お肉を食べる?」

「正解です。魔力は他の生物と触れ合うことで増加します」

「じゃあじゃあこのまま手を繋いでいたら最強になれるってことだ!」

「人の話を最後まで聞かなくて、せっかちなのはお変わりなくて安心しました」


 グウェンと同じって言われた。

 グウェンも笑い飛ばしたかったのだろうけど、なんとも言えない顔をしている。


「満腹になるように許容量というのがあります。いきなり拡大するのではなく、コツコツと! 日々の努力! で、増加するんです。それにこうして触れ合っていても増加するのは微量ですし、相手の波長に合わせない限りは増えることは無くただ触れ合っているだけです。お分かりになりましたか?」

「は、はい」

「返事はしっかり一回と」

「はい!」


 この人本当に使用人か?

 しかもこの人、童顔なのに首の皺の感じからして四十代くらいかもしれない。び、美魔女?

 もしかしてひしひしと感じる教官気質は年の功からきているのではなかろうか。あんまり逆らわないでおこう。


「でもどうしてこのポーズ? 普通に握っていたらいいんじゃ?」

「この基本姿勢が一番効率が良いのです。そして相手の波長に合わせるのも、このまま踊ることによって把握しやすいのですよ。ダンスを嗜んでいらっしゃるのに、そんなことも忘れてしまったのですか?」


 グウェンが後ろで「そうでしたのね」なんて暢気な事を言っていた。どうやら知らなかったらしい。本当に魔力に関しては一縷の興味もなかったようだ。


 ここで一つ問題が出来上がる。その問題は直ぐに行動として表れる。


「まぁいいでしょう。ではワルツのステップでやってみましょう。いきますよ」

「ちょちょっ」


 ヨランダが勝手にステップを踏み出した為に、引っ張られるような形であたしも動く。が、六歩程度でヨランダが止まった。


「ふざけています?」

「……ちょ、ちょーっと調子悪いかもぉ。そうだ、さっきオカアサマと喧嘩したからだ、そうに違いない」


 下手な言い訳をすると、ため息をつかれてしまった。


 そうなのだ。あたしは社交ダンスなんてしたことないのだ。ワルツのステップだなんて知らないのに、いきなり合わせろと言われて合わせられる訳もなく。まさか異世界転生異能バトルの履修に社交ダンスが必修科目だったなんて思いもよらないじゃないか。


「では本日はこれで終わりですね」


 あたしの気持ちを察したのか、あっさりと手を離して距離を取るヨランダ。


「あの…明日は調子戻っているかもだから、また教えてくれ…ますか?」


 せっかく教えてもらえる機会であったのに、逃してしまいたくなかったので、殊勝な態度で願い出てみると、眉を顰められた。


「なにか心の澱が溜まっているのでしたら、伺いますよ?」


 精神的な心配されてしまった。グウェンがお願いなんてすることがそんなに珍しいことなのか。いや殊勝な態度などを見せないのがグウェンなんだろう。それが悪役令嬢というものなのかもしれない。だとすればあたしは悪役令嬢にはなれない。


「そんなんじゃなくて、単純に鍛えたいの!」

「やる気になったのでしたら私としてはよろしいんですが……では明日、お嬢様が御手隙の時間にお呼びください。失礼致します」


 ヨランダは礼儀正しい挨拶をして別館の方へと歩いて行ってしまった。


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