第一皇女とかあいいと天秤と(4)
「てなことがあったんだけど……」
「それは災難だったね」
その日の夜にようやく時間が取れたシャルに報告すると労られた。やっぱり弟のシャルからしても災なんだあいつ。
「クラリス姉さんは良くも悪くも自己中心的なんだ」
「だろうね。話を聞かないったらありゃしない。どうにかならない?」
「父が言えば大人しくなるけど……ボクはあくまで当人同士で解決する方がいいと思っている」
「解決できるかなぁ……」
解決できる未来が見えない。いつか最悪な事に手を出しそうだ。
「姉さんの趣味は一過性でね、恐らく今の姉さんの流行りがカミーユ君何だと思う。二、三か月もすれば違う趣味になっているはずだよ」
「台風が過ぎ去るのを待つってことね」
「あの人には関与しない方がいい」
手が付けられないから、触れない方がいいの理論だ。もう矯正するにも叩いて治さないと治らないんだろう。実の弟にこう言いせしめられるクラリスの人間性は歪ってことね。
「あとはそうだね、可愛い認定をされないように注意しないとね」
「可愛いって、あの人が言うかあいい?」
「………もしかして、もうされちゃった?」
「されちゃいました」
シャルは乾いた笑いをしてから考え込んだ。
「さっきの言ったことは訂正するよ。あの人は可愛いと認定したものは、何が何でも手に入れようとしてくる。それが例え人でもね。あの人はそう言う性分なんだ」
「じゃあこれからずっとあたしを手に入れようとしてくるってこと? ど、どうすればいいの?」
「一つは仲良くする……んだけど……」
「ぜっっっったいに無理」
返ってくる言葉が分かっているシャルは言い淀みながら提案するが、もちろん想像通り、いや想像の倍以上の拒否反応を示しておいた。アレと仲良くは虫唾が走る。
「だよね。あとはボクと常に行動しておけば近づいて来ないよ。ボクはあの人の範囲外だからね」
「今日みたいにシャルがいない時に狙われた場合は……」
「その時はごめん……力になれない」
シャルは申し訳なさそうに目を伏せてしまった。
「あの人のやり口は今日見たと思うんだけど、天秤は見た?」
「うん。あれも魔術だよね?」
「あれがあの人の得意とする魔術だね。ボク達ラリアの血を受け継いでいる人間だけが、記憶に関する魔術が使えるんだ。ボクだったら記憶を再現する魔術が得意だね」
「じゃあやっぱりあの天秤も記憶に関する魔術?」
「そう。あの人のは記憶と言葉を秤に乗せて契約をする魔術が得意なんだ。天秤の上に手を置くと、言葉を発した状況が復元されて、同じ気持ちを乗せて言葉にしないと、天秤が傾く。傾くと契約が成立して、あの人が勝手にした契約が履行されるっていう魔術。まぁ断れば魔術は発動しないんだけどね」
第一皇女の頼みごとを断れる訳もないから、受け入れてしまって、寸分の狂いない感情の籠った言葉を発言できずに天秤が傾いてしまい、大事なモノを奪われるってオチか。あたしが予想していたのと変わらないが、改めて聞くと極悪な魔術だ。
「あと、これは正式な皇族にならないと知っちゃいけないことだから、口外無用だよ」
正式な婚儀を行っていないので、まだ正式に第三皇子の妻になった訳じゃないのだ。
ただその事実を教えてくれていることは嬉しかった。
「皇帝陛下の魔術はあの水映の間に関係あるの?」
「うーん。応用とだけしか言えないかな。ただ父との腕相撲は魔術が関係しているよ」
「腕相撲で?」
力を増幅させる魔力が関係しているんじゃなくて魔術が関係しているのかな? と妄想に耽っていると、シャルは続けた。
「父は触れた相手の記憶を視ることできるんだ。だからあの時止めようとしたけど、逆らえなかった………ごめんねグウェン」
沈痛な面持ちで謝罪するシャル。皇帝権限を使用されたら誰も逆らえないから、そんなに思い詰めないでもらいたい。
あたしはそれを秘密にせずに後にでも言ってくれていることが嬉しいのだ。
「シャルが謝る事じゃないってば。……あたしの記憶って全部見られたの?」
「分からない。単純にグウェンの魔術適正が気になって腕相撲をしたかっただけなのかもしれない。だけどあの鼻血は魔術を使った反動のはずだから、何かしらの記憶は見られたのかも」
あたしとグウェン、どっちの記憶が見られたかは分からないのか。そもそもこの身体に宿った時から、あたしの記憶しかないんだ。もしかしたら皇帝が見たのはあたしの記憶なのかもしれない。
あれそれだとあたしがグウェンじゃないとバレたし、あたしの記憶を通してグウェンが幽霊になっているのもバレたんじゃないの? グウェンの名を騙っている芹沢百歌という謎の人物が王宮に出入りしていることになるし、第三皇子と婚姻を結んでいる現状だ。それはマズい。
かと言ってシャルに相談できない。
それにこの事はシャルがあたしを信頼して告げてくれている。信頼には信用を返さないとな。
「そっか。まぁあたしには疚しい記憶なんて一つもないしね! それに安心してシャルに教えて貰ったから、クラリスに対して色々と対処方法を思いついたから!」
バレたからと言っても、あの皇帝陛下は人を想いやれる気持ちがあるから、悪いようにはしないはずだ。あちらから訊ねられるまで、だんまりを決めておこう。だから今はクラリスの方をどうにかしないといけない。
「そう? なら一先ずは安心だね」
「絶対碌な対処方法じゃありませんわよ」
両者で違う思想を言われてしまった。
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