第一皇女とかあいいと天秤と(3)
「すみませんそれは差し上げられません。それ以外でしたら、どれを選んでいただいてもいいです」
「うん? クラリスちゃんが欲しいって言っているんだけど?」
どうやら理解した上で言っているようだ。欲しいと言ったら、誰もが差し出してきたのが当たり前だったのだろう。そんな態度だ。
「その棚以外でしたら、どれでもよろしいですよ?」
「一つくれるって言ったのはグウェンちゃんだよね。そうだよね? えっ、嘘ついたってこと?」
話聞かねぇなコイツ。
「えっ、えっ、クラリスちゃんに嘘ついたの!? お見舞いに来てあげたのに!? そのお返しに何でもくれるって言ってくれたのに!? 嘘ついたの!?」
クラリスは自分が良い人物であり、あたしが悪者だと誇張するように声の調子を上げていく。
あぁ駄目。駄目駄目駄目。キレそう。作り笑顔の右頬の筋肉がひくひくとしているもの。
そりゃあ、こんな自己中心的な物言いで、初対面の人間を貶めてくる奴に作り笑顔を保っていられる方が不健全だ。ただ、あたしはシャルの妻だって自覚がキレるギリギリを維持している。
「モモカ、私は止めませんわよ。こんな女は私の味方になっても品が落ちますわ」
カミーユが絡んでいるので、ストッパー役のグウェンも相当お冠みたいだ。第一皇女でこれから義姉になるのかもしれないが、これを作り笑顔でへぇへぇ下手を擦りながら耐え忍ぶのはあたしには厳しい。いつか大事な血管切れちゃいそう。
身体の安全の為に、下手にでるの終わりだ。
「だから。その棚には大切なモノが入っているので! その棚以外ならあげるって言ってるんですが!? 」
腹の底から息を吸ってグウェンの高い声と合わさった大声を出す。話が通じない相手には大声でキレるのが一番だ。体裁が気にならないなら皆もやってみよう。
「っさいな……だからこの棚が欲しいんだよ? グウェンちゃん言葉分かる?」
耳を塞ぎながらも、スタンスを変えないクラリス。なんなら煽ってきたので、あたしも負けじと応戦する。
「あんたこそ何度も何度も同じ事言わせて言葉理解してんの? 大事なモノだって言ってんでしょ」
「だーかーら。グウェンちゃんの大事なモノだから欲しいって言ってるんですけど? 小さなお頭で理解した? できた? できたよね? えらいえらい」
理解した。欲しいと強請った最初からそうは言っていたな。ただ、そんなことは最初から理解していた。今、理解したのはあたしが無理だと言っているのに、その主張を曲げない腐った根性だ。こいつに口論で勝ったところで説教にもならない。こいつは元来自己中心的な性格なのだろう。そういう奴にはハッキリと感情をぶつけてやる。
「理解したわ。あんたに上げるもんはこの言葉だけだわ。とっとと失せろ」
嫌悪という感情を剥き出しにして顎でまだ開いている扉を指す。
「嘘ついたってこと?」
あたしの言葉を芯にくらっていないのか、小首を傾げるクラリス。
第一皇女に暴言紛いのことを言ったのに、こいつまだ引き下がらずにやろうっての?
「あんたが解釈間違ってるだけ。あたしは嘘をついていない」
「ふぅん。ふぅ~~~~ん。じゃあこの天秤にその言葉を乗せてよ」
突然クラリスの掌の上に天秤が出現する。どこにでもあるような銅製? の天秤だ。だけどこれは魔術だと、魔術を習ったあたしにはわかる。
「なんでそんなことをしないといけないの? 早く出て行け」
「あーっ嘘なんだ。自信無いんだ。嘘ついたから、クラリスちゃんを部屋から追い出そうとしてるんだ」
成人済みかつ皇女に似合わない言い草で煽ってくる。一々癪に障る言い方なのがムカつくし、あたしの心に火を点ける。
「やってやろうじゃん。どうすんのよ」
「天秤の上に手を乗せて、さっきの言葉を言うだけだよ」
「因みに嘘じゃなかったら、あたしを嘘つき呼ばわりしたあんたはどうしてくれる訳?」
「クラリスちゃんに間違いはないよ」
「いや謝れよ」
さも当たり前のように言うもんだから、間髪入れずに怒りのツッコミをしてしまった。それでもクラリスは不敬とも言わずに自身の可愛いを体現しているかのように、小首を傾げる。ずっと小首傾げやがって、寝違えてるのかコイツ。
「なんでー? クラリスちゃんに間違いはないもん」
「あーはいはい。わかった。とりあえず嘘ついてないのが分かったら、もうこの部屋から出てって」
拒否の選択肢を選んでも、ずっと容認の選択肢を選ばない限り、堂々巡りの会話が続くと悟ったあたしは、天秤の上に手を置いてさっきの言葉を嘘偽りなく述べる。
コイツ程に天秤が似合わない人間はいないな。
「よかったら一番上の以外一つ差し上げます」
言葉を発し終わると、左側の天秤に文字が含まれた白い塊が出現する。右側の天秤にはその時の情景が映る塊が浮いていた。
秤は一切揺れる事は無かった。
「なんで? なんでその通り言えるの?」
その結果に目を丸くさせながらあたしの顔を見てくるクラリス。
「はい?」
「だってだって、普通だったら裁定されたら後ろめたさがあるじゃん! 一点の曇りもないって有り得ない!」
あぁ、この魔術は天秤に記憶と言葉を乗せているのか。で、その時の言葉を嘘偽りなく言うことで、裁定している。クラリスはあたしが嘘をついているとの言動を曲げなかったのは、あたしの心に少しでも嘘をついている後ろめたさを植え付けようとしていたってことかな?
「あんたが関わってきた人間にそう強制してきたからでしょ。あたしはあんたの言う通りにはならないし、あたしの大切なモノに対して嘘は絶対につかない」
あの棚の中に入っているのはただの紙製のナプキンだ。他人から見ればゴミかもしれないが、あたしとグウェンとカミーユからすれば大切な代物なのだ。それに対して他人の抑圧に臆して、言葉を濁すなんてあたしは絶対にしない。
「てことでお帰りはあちら、さっささと消えてくれる?」
クラリスはぐぬぬと唇を噛んでいる。
「じゃあこっちにする」
扇子を手に取るクラリス。あげないって言ってんのに、話を聞かない奴だ。取り上げようと試みると、クラリスは天秤を目の前にまで移動させてきた。
「くれないは嘘になるけど、どうする?」
この天秤の魔術の前で嘘をついたら一体どうなるのか。一つ差し上げると既に言ってから、あげないと訂正したが、どちらが正しいのか。もう一度試すのはリスクがある。
「はぁ……それ持って帰って」
もう何でもいいからさっさと目の前から消えて欲しいので折れておく。
「ありがと。またくるね。ばいならら~」
手を振って浮かれたように部屋を出て行って、侍女が深くお辞儀をしてから扉を閉めた。
「に……二度と来んな!!!!!」
あたしの魂の叫びは果たして届いただろうか。聞こえてはいるが、届いていなさそうである。
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