第一皇女とかあいいと天秤と(2)
コンコン。
とかなんとか話していると、扉がノックされた。ヨランダが帰って来たのだろう。「どうぞ」と適当に声をかけると、扉が豪快に開け放たれた。
ヨランダがそんな開け方はしないので、扉の陰に隠れて未だに見えない者に注視する。
「お邪魔するね!」
入って来たのは明るめの栗色の髪をアップにまとめた女性だ。服装がピンク色塗れのドレスと、ピンヒールを履いている。その為に歩くたびにカツカツと高い足音が鳴る。
この特徴と一致する女性で、あたしの部屋に軽々と入って来られる人物は一人だけ。
クラリス・ド・ラリア第一皇女だ。
ただ彼女とグウェンは関わり合いが一切と言ってない。顔を合わせて挨拶したくらいで、それ以降は関わることが無かったのだ。
「ご、ごきげんよう」
警戒しつつベッドから抜け出して挨拶をする。
「ごきげんよう。それと初めましてだよね。私、クラリス・ド・ラリア。貴女がグウェンドリン・ド・ラインバッハでいいよね? お洋服てきにそうだよね? そしたらこちらはお見舞いの品だよ」
クラリスが指を鳴らすと、後ろに控えていた侍女が沢山のフルーツが盛られた網籠を差し出してきた。
「ありがとうございます……」
「いえいえどういたしまして!」
胸張って返されたんだけど。もしかして、恩の押し売りされた?
「グウェンちゃんって呼んでもいい? 呼んじゃうね。昨日グウェンちゃんが担がれているのを見て、そのか細い御身体に栄養が足りていないんじゃないかって思ったんだよね。あ、私の事はクラリスちゃんって呼ぶことね」
こちらの返答を待たずに矢継ぎ早に話す人だ。ただしっかりと上から目線である。
「クラリスさん――」
「ノン! クラリスちゃん!」
「………クラリスちゃんが、どうしてあたしみたいな者にお見舞いを?」
「ご不満かな?」
小首傾げて猫撫で声だが、圧を感じる。
「いえ不満はありません。ただ気になったのです」
「グウェンちゃんが気にすること? それともクラリスちゃんのお見舞いが気に障った?」
明らかな不満な表情で圧をかけてくる。
「いいえ。ただあたしは理由が知りたくなる性分なんです」
「ふーん。そっかそっか。かあいいね」
満足気な表情で舌足らずの可愛いを言う。コロコロと表情が変わる忙しい人だな。
「かあいいからだよ。担がれるグウェンちゃんがかあいいからお見舞いに来たし、見舞いの品ももってきたの。見てこれ、かあいいのポーズ」
クラリスは人差し指を中指に交差させて、頬骨の位置に置いたポージングを披露していた。おそらくだけど、指がハートを模しているのだろう。可愛くは………ないかな。
「き、聞いたことがありますわ。クラリス皇女は可愛い物好きで、可愛いとみなしたものは何でも集めると」
なるほどね。あたしが可愛いから良くしてくれるのか。
前世のグウェンは性格的に可愛くなかったんだろうね。だから関わることが無かった。変わりにあたしは愛嬌があって、可愛がられる体質。同じような見た目でもこうも違うとは、あたしってば罪な女。いや、罪な可愛さ。
「絶対馬鹿なことを考えていますわね。顔に出ていますわよ」
侵入してくるのは夢だけにしてもらいたい。夢も嫌だけど。
「え、まって、あれって、カミーユちゃまグッズじゃないの!?」
入口から極力見えないところにあるカミーユが祀られた祭壇を見つけたクラリスは、遠慮もなくカツカツヅカヅカと部屋の奥にまで入って来る。
「うそっこれって生産数一つと噂のカミーユちゃま扇子! えっえっ、こっちは幻のお名前刺繍入りハンカチ! きゃわわ、こっちは見たこともないシチュエーションの絵画! グウェンちゃんこれ、これこれこれ! どこで手に入れたの!?」
キラキラと目を輝かせてファングッズ一つ一つを垂涎の的のように見つめていたので、気圧されながらも近づくと、その顔を維持したまま訊ねられた。
「し、私物です」
「私物って、どれもこれもカミーユちゃまファンクラブ上位会員でも手に入らない代物ばかりじゃない! もしかしてグウェンちゃん………」
「な、なんでしょう」
「生粋のカミーユちゃまファンね!」
正体見破ったり! と得意げな顔でクラリスは言う。ただの実姉なんだけどな。しかし間違っていないからこそ否定ができない。
「はい。そうです」
「やっぱり! しかもかなりの古参と見受けたよ! どじゃーん! クラリスちゃんも会員番号二桁だよ!」
カミーユファンクラブ会員証を懐から取り出して見せびらかしてくれる。会員番号は二十二番だ。それを見て会員番号一番のグウェンが鼻で笑っていた。嫌な奴だ。
「グウェンちゃんは?」
「あ………あたしは一桁とい――」
「えっやばっ十傑なの?」
なにその称号知らない。あたし西郷隆盛? それとも衝撃のアルベ〇ト?
多分一桁台の会員は裏ではそう呼称されているのだろう。欠番の一番で名誉会員って言ったらどうなっちゃうんだろう。
「クラリスちゃんもカミーユちゃまをかあいいと思う気持ちは十傑入り、いや五本指、いやいや三ツ星、いやいやいや唯一無二なのにな。グウェンちゃんもカミーユちゃまがかあいいから会員なんでしょ? 言わないで! 分かってる! こんなオタオタでコアコアなグッズを持っているんだから同志なのは分かるのよ!」
クラリスは興奮を抑えきれない暴走状態だ。もしかしたら元々からこういう人なのかもしれないけども……ともかく、地盤固めをすると決めたので、味方になってもらえるように話を合わせておくのが得だろう。
「よかったら一番上の以外一つ差し上げますよ?」
「えぇっ! いいの!? いいんだよね? どれにしよっかな。どれがいいかな」
クラリスは祭壇に向き直って、顎に指を当てて吟味を始める。
「モモカ、貴女なんてことを! そこにあるのは私の大切なカミーユとの思い出の品を具現化したものなのですわよ!」
グウェンの憤慨は受け付かない。
何故かと言うと、思い出の品(妄想)なので、欲しがる人に一つ上げても、また生産できる。思いが籠っていると言われれば、生産したの一か月前までだし、これらは試作品で世に出せる代物ではなかったので、一品物ではなくラインバッハ家の倉庫に眠っていたりするので、特別な思いは籠っていない。籠っているのはグウェンの邪な思いだ。
本当に大事なモノは祭壇の一番上に飾られている棚の中にある。
「この棚はなぁに?」
クラリスはその棚がカミーユファングッズではないことに疑問を覚えたようだ。
「それは自主製作品で、中に大切なモノが入っています」
「へぇ~、自主製作までするんだ。愛だね。………じゃあこれ頂戴」
笑顔で棚を指さすクラリス。中に大切なモノが入っていると言ったのにな、聞こえていなかったのかな?
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