第一皇女とかあいいと天秤と
翌日起きたら嘘のように身体が軽くなっていて、小躍りもできてしまった。
元気になって小躍りをしていたのはいいけど、シャルとヨランダに注意されて、本日予定が何も入っていなかったことにより、身体を休める日になった。
「ねぇ婚姻を結んだはいいけど、あたしは王宮で何して暮らせばいいの?」
ヨランダが昼食を取ってくる為に席を外した際、疑問だったことをグウェンに訊ねる。
シャルは今朝から忙しそうに部屋を出て行って隣にいないから、この独り言も聞かれることはないはずだ。
「え、今さらそんなことを訊くんですの?」
グウェンに引かれてしまった。引っ越し作業に追われ、死の運命をどう回避するのかを考えていたせいで、当たり前の日常生活をどう過ごすかを知らなかった。だって皇子様の妃って何するの? 毎日お菓子食べて、嫁友と話すの? つ、つまんなそー。
「だって今まで通りにすれば怒られるでしょ」
「今までも怒られていましたわよ」
グウェンに呆れて言われた。そうだっけ? そうかもしれない。
「そうですわね。最初は挨拶回りをして、シャルル様の政務や公務にお供することになりますわね」
「そこらへんはなんとなく予想は出来るけど、普段よ普段」
「与えられた場で娯楽に興じるか、シャルル様と自分周りの地盤を固めるかですわね」
あー、あんまり自由気ままに過ごせるんじゃないんだ。王宮は檻で、獰猛だったり狡猾だったり色んな獣が入り混じっている場所。自分の身を守るには普段から居場所を作り上げて、味方を作っておかなければ跡形もなく喰われる。どこの社会もそういうものか。やっぱりつまんなそー、というか怠そう。
「あんたはダンスを我慢していたの?」
「まさか、むしろダンスで関係を深めたりしていましたわ」
長い金髪を払いながら自慢げに言うグウェン。
貴族社会ではダンスも娯楽に入っているから、それを磨きに磨き上げたグウェンは話の種にできたのか。あたしは今だにグウェン程の実力はないから、同じようにはできないな。
「じゃあやっぱり当初の予定通りに地盤固めかぁ」
「そうなりますわね」
シュザンヌがいなくなったので、前世のグウェンが経験した結末には至らないのだろう。ただシュザンヌがいなくなったからと言って、グウェンの事を嫌う人間がいなくなった訳じゃない。この王宮にもグウェンと犬猿の仲になる人間はいるのだ。
まずはクレマンティーヌ・ド・ラリア第二王妃だ。シャルの母であり、あたしにとっての姑。狡猾で二枚舌で冷血で蛇のような女がグウェンの率直な印象だ。
シャルの事を溺愛している訳でもないのに、無理難題をグウェンに吹っかけてくる意地悪な姑らしい。なんでもシャルに見合った嫁にする為の修行という体を装っているようだ。つまるところ嫁だと認めていない。
グウェンは無理難題を熟すのに定評があるので、楽ではないがシャルとの距離を縮めつつ、その難題も熟していた。グウェンよりも生活力もあり、体力も根気もあるあたしなら大丈夫だろう。そう舐めていた。
一週間で、針仕事で絵画を模写しなさい。
植物図鑑の植物名を三日で全部暗記しなさい。
歴代皇帝の特筆できる政策をこの場で述べなさい。
これらがグウェンが出された無理難題である。勉強の虫じゃないあたしが苦手とする分野だった。
いきなり出題されれば猶予が無さ過ぎて、あたしは顰蹙をくらっていたはずだろう。
実はここ一か月半、この無理難題に立ち向かう為に勉強していた。詰め込み過ぎ、やり込み過ぎで熱も出た。おかげでこの世界の歴史や動植物に詳しくなった。
当初の予定通りだと、クレマンティーヌと仲良く、亀裂ない人間関係を築くのが目的。グウェンと同じように嫁と認められずいびりが始まったら、認められるまで無理難題を熟すしかない。
一応無理難題はネェルが王宮にやってくる半年後に終わるので、終わりはある。ネェルがやってきたから終わったのか、半年して認められたのかは知らない。半年はただの指標でしかない。
「そういえばグウェンはさ、皇帝と腕相撲したの?」
先の敵になり得る人間の事を休憩日に考えるのも程々にしておきたいので、昨日の件に話を変える。
「私はしていませんわよ。私が皇帝陛下と腕相撲なんてしたらポキリと折れますわ。モモカが馬鹿力だから耐えられたのですわよ」
「え、じゃあ前はどうしたのさ」
「普通のご挨拶をして、家族間の話をして終わりでしたわね。触れることなんてありませんでしたわ」
となると、皇帝と腕相撲したのはあたしだから? 前回と違うのは、お嬢様力の無さと、魔術を使えるようになったくらい。皇帝もあたしが魔術を使えるかどうかを念入りに確かめていたので、魔術の素養があるかどうかで、腕相撲をすることになったってこと? どうゆうことだ。とりあえず馬鹿力は誉め言葉と捉えておく。
「なんで腕相撲なんだと思う?」
「さぁ………モモカにシンパシーを感じたのではありませんこと?」
「皇帝があたしに? どこによ」
「………力押しをするところですわね」
「皇帝を侮辱するとはやるね」
「していませんわよ! ただ……その……全てが大きいので、気圧されるのですわ」
体格も声も気位も気品も何から何まで大きく太い。だからいくら我が強くても、大きなものに包み込まれてしまう。そうすると力押しされていると感じてしまったも不思議ではない。
「あたしは力押しすることないんだけど」
「モモカ、寝言は寝てから言うものなのですわよ?」
当然のことのように言いやがって! あたしはちゃんと相手の事を尊重して、勝負勝負しているだけだもん。力押しじゃないもん。
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