皇帝と謁見と腕相撲と
皇帝との謁見は、謁見の間で行われるのが通例。ただ想像していた傅いたら玉座が見上げられて、等間隔に柱と共に何かしらのオブジェが置かれた縦に長い部屋ではなかった。
謁見の間は、通称水映の間と呼ばれていて、壁には水が張った額縁が複数敷き詰めるように立てかけてられている長方形型の部屋だ。
そんな落ち着かない奇妙な部屋で、あたしとシャルは長いテーブルの下座に着席して皇帝が来るのを待っていた。
友達の家に行って親に挨拶をするのがちょっと気まずかったりするが、それとは比べ物にならないくらい気まずい。だが沢山の重圧となる情報が重なって、気まずい通り越して、むしろワクワクしてきたのが現状だ。
窮地に追い込まれたことにより、受動的な性が発動してしまったらしい。
ふんす。と、鼻息荒くして意気込んだところで、あたし達が入って来た扉とは反対側の扉が開いた。同時にあたしとフィリップは椅子から立ち上がった。
背丈二メートルを超え、迫力のある顔の大男が、白と黒が入り混じって、真ん中に赤のラインが入った服を筋肉でパッツンパッツンにしながら入室してきた。あたしがもしも転生したてで、呆けた頭でこの人に出会っていたら、魔物に出会ったと勘違いしていただろう。それ程までに巨漢で筋骨隆々であった。
共にやってきていた秘書官は入らずに扉を閉めた。皇帝は上座に座ったのを見てフィリップが座った後にあたしも座った。
「陛下本日は陛下の貴重なお時間を頂き、謁見の機会を与えていただき、感謝しています」
シャルは丁寧にお辞儀をする。実の父と言えども、一国の主なのだ敬意は払わなければならない。粗相ができないし、代替きかないので、企業面接より緊張する。
「よい」
渋く酷薄とした腹の底に響くような声だ。
「つきましては――」
「よい。と言った」
シャルの言葉を遮った声は突き刺す一撃であり、黙らせられた。
皇帝は両の手を肩幅大に開いて、それを目にもとまらぬ速さで合わせた。
バチン!!! っと、柏手にしては破裂音に類似した音が部屋中に響き渡り、額縁の中の水も波紋を作っていた。
もしかしてあたしが粗相をしてしまったのだろうか。最初の挨拶もしていないのに、どこでだ。存在が粗相だったらどうしようもないかもしれない。
じんわりと嫌な汗を手に滲み始めたところで、いかつい顔が緩んだ。
「堅苦しいのは皆がいる場だけでよい」
そう言う皇帝にシャルは小さくため息をついた。
「そういうわけにはいきません」
「では命令だ」
お、おぉ、シャルが初めて見せるなんとも言い表せない微妙な表情をしている。おっと目を奪われている場合じゃない。何か助け舟を出してあげよう。
助け船を出す為に視線を口元から上げると、獣のような瞳と目があった。
「ほうほう。流石はイザークの子だ。良い目をしている」
目と目が合っただけで褒められた。
「グウェンドリン・ド・ラインバッハです、本日は――」
「あぁよいのだ。敬意は伝わっとるから、この場では楽にしてくれ」
頭の中でシミュレーションした挨拶も途中で止められてしまった。助け船も沈没してしまったよ。
「陛下は政務で堅苦しさを感じられて、実子達との交流の場ではありのままで接することを命じますのよ。どうですの、緊張しまして? 私も同じ緊張をしたのですが、真実を知って緊張が解けたものですわ。モモカも、仲間、ですわね」
グウェンが後出しじゃんけんで勝った狡い含み笑いで言う。同じ緊張を味合わせたいが為に黙っていたなコイツ!
つまり、皇帝陛下と公務や政務で接しない時は、いつも通りに接しても構わないということか。はぁ………こいつのせいで無駄に緊張したじゃん。シャルも言ってくれれば………いや、いきなり言われても信じられないわ。
「はい。わかりました! 陛下!」
「おぉ理解が早いな!それともあれかイザークに似て肝が据わっておるのかな」
元気に挨拶を返すと、無精ひげを弄りつつ皇帝は快活に笑う。肝が据わっているんじゃなくて、粗相をしても命を取られないと分かったので、気が楽になっただけである。一手間違えれば死の運命に転がっていたシュザンヌの時よりは大違いだ。
「それにしても、イザークの子とわしの息子が結ばれるとはな。確か出会いは舞踏会だったな?」
「はい! 舞踏会でシャルル様に求婚されました!」
「そうかそうか。シャルから告げられた時は腰を抜かしかけたが、良い縁談にしてくれて感謝する」
皇帝があたしの腕よりも太い首に指示して、頭を軽く下げた。
「父上………グウェンが困っています」
皇帝陛下に頭を下げさせた事実にあわあわとしていると今度はシャルが助け舟を出してくれた。
「一国の主ではなく、一人の父として心から感謝しとる印なのだ」
そんな風に言われるとシャルも何も言い返せる言葉はないようだった。
「時にグウェン…と呼ばせてもらうが、ダンスをしているのならば、魔術にも精通しておるのか?」
正直どう呼ばれようが構わないので、愛称で呼んでもらえるならばグウェン冥利につきる。
「魔術は中級魔術までなら、少しは使えます」
「ほう」
顎下を指で撫でつつ、あたしの言葉に感心を寄せている。どうやら皇帝陛下はあたしの魔術適正に興味があるようだ。何でだろうか。妃になる者は魔術に精通していないと資格がないのか? グウェンは事前にそんなことを言っていなかったけどな。
チラリとグウェンを見ると、グウェンも首を傾げていた。
「………グウェン、わしと腕相撲をしてみないか」
テーブルの上にどかりと隆々とした腕が置かれた。
「腕相撲………ですか?」
「父上!」
シャルが凄い剣幕で叫んだので、隣にいたあたしは肩をビクつかせた。
「余はグウェンに訊ねている」
叫んだ剣幕に一切動じずに皇帝は粛々と返した。一人称が変わっているあたり、これは父ではなく皇帝としての言葉なのだろう。家族団欒の雰囲気から、いきなり処刑台の上に立たされた気分だ。
「理由をお聞かせ願います」
「其方を知りたい。それだけだ」
言動や態度ではなく知りたいことが腕相撲をすれば分かるということか? 筋肉は嘘をつかない、裏切らないみたいな言い分? 意味が全く違うけど………。
グウェンの方にも助けを求めてみても、おろおろと事態を把握できずにしていた。あたしが腹を決めるしかないみたいだ。
「わかりました」
「グウェン……」
「大丈夫。お互いを知るだけ……なんでしょ?」
頷いて席を立つと、シャルがあたしへと手を伸ばそうとしたけど届きはしなかった。
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