第三皇子と魔術とティーブレイクと(4)
「………あっ、紹介するね。あっちにいるのがあたしの専属メイドのヨランダだよ」
嫌な流れを切るようにヨランダを紹介すると、ヨランダは深いお辞儀をした。
シャルも軽い会釈で応対していた。手紙でもヨランダの事は伝えているし、どんな使用人が来るかは王宮伝いにでも伝わっているはずだ。だからシャルはヨランダの名前を知っている。ただ顔合わせは初めてなので、紹介しておく必要があった。
「ヨランダさんは陛下の戦友だと聞き及んでいます」
そうシャルが言うと、ヨランダは困った顔で笑っていた。皇帝陛下の戦友って、顔見知り以上の仲じゃないか。ヨランダって実はあたしの専属メイドとしては役不足なんじゃないのかな。もっと高貴な方のメイドにもなれたのかもしれない。
「グウェン長旅で疲れたんじゃないかな?」
紅茶もフィナンシェも食べ終わったところで、シャルは言った。
最高の御持て成しで鬱憤も疲れも癒されたが、見えない疲れは溜まっている事であろう。
「うーん。まぁちょっとはあるかもだけど、全然元気だよ」
「今朝決まってしまって、突然になるんだけど、明日は陛下……父との会談の場を設けられてね。今日は部屋でゆっくり過ごした方がいいかなって」
「うえっ、皇帝陛下と会談?」
勇者よ魔王を倒してくるのじゃ! みたいなやりとりじゃなくて、義父との生々しい現実的なやりとりを想像して緊張してきた。しかもただの義父じゃなくて皇帝陛下という一国の主だ。うっかり言葉を間違えれば即斬首みたいなこともありえるかもしれない。うぅ……変な汗もかいてきた。
「父はそんな取って食う人じゃないよ。ありのままのグウェンで応対してくれれば、後はボクがなんとかするから、あんまり緊張しなくてもいいよ」
「そうしまする」
「………まぁ緊張するなって方が無理だよね」
はははと笑いつつ頬をかくシャル。
前世でグウェンは皇帝との関係はそつなくこなしていたらしい。あのグウェンが波風立てずに人間関係を築けるんだ。あたしだってできるに違いない。
「とりあえず部屋まで案内するよ」
シャルは立って、入り口から見て右手奥側にある扉まで移動した。
「ん? 外じゃないの?」
黙って付いて来たが、シャルがドアノブに手をかけたところで質問した。
シャルは答えずに扉を開けた。
扉の奥には、シャルの部屋と同じ間取りの部屋があって、そこにあたしがラインバッハ家から見繕っていた家具たちがざっくばらんに並んでいた。てっきりこの扉の奥は物置部屋なのかと思っていたので、開いた口が塞がらない。
「ここがグウェン専用の部屋だよ。荷物はそのままだから人手が欲しかったら言ってね」
「あぁ、うん。その時はそうするんだけど……部屋が繋がってるの?」
「うん。本来は正室は夫婦同室なのが習わしだけど、ほら……ね。だから陛下に頼んで突貫工事をしたんだ」
「突貫工事って、何か反発はなかったの?」
王宮内で壁を破壊して扉をつける工事をする。ここは居住区でそんなことをすれば何かしらの問題が起こる訳で、心当たりのあるシャルは微妙な表情になった。
「うっ………鋭いね。確かにこの扉をつけるのに姉さんと言い争いになったけど、ボクがちょっとでもグウェンと離れたくなかったからつけたんだよ。だから……その、気に病まないでほしい」
すべては自分の女性恐怖症が原因で起こった出来事なので、あたしが気にすることではないと。お優しい事だが、ちょっと疎外感がある。まぁそこもこれから埋めていけばいい話だ。
「大丈夫。あたしは並大抵の事じゃ気を病むことはないからね!」
胸張って偉ぶってみる。虚勢じゃないよ大真面目。半日作業したデータがぶっ飛んでも病まなかったもの。軟弱なパソコンを破壊しようかと思っただけ。
「どんなことでも不安を感じたら、何でもいいからボクに相談してね」
「うん。そうする。シャルもあたしに相談してね!」
親指を立てて言うと「そうするよ」と頷いてくれた。
「この扉に鍵は無いから、何か用事があったら呼んで。それじゃあ長旅ご苦労様。これからよろしくね」
「こちらこそ、これからよろしく」
お互いに別れの挨拶をしてから扉が閉められた。
さて、荷ほどきしますか。と、ヨランダに目線を送って、あたし達は二人で模様替えと荷ほどきを始めた。
荷ほどきをして、あたしとヨランダだけで部屋の模様替えを終えると、窓の外はすっかり夜の色だった。
シャルに物を運ぶ時に人が必要ならば呼んで構わないと言われていたが、強くなったあたしと、元から強いヨランダがいれば、魔力で筋力を増幅させれば、大抵の荷物は持てるのだ。流石に大きい衣装箪笥やベッド等は一人で持つと不安定だったので、ヨランダと一緒に移動させていたけども。
人を呼ぶ必要が無いのも理由だが、皇帝の座を狙っている男の娘という大変遺憾な噂を流されている為に、むやみやたらに自室に誰かを入れるのは得策ではないとヨランダと話し合った結果でもある。
「ではお嬢様、私は失礼いたします。おやすみなさいませ」
「うん。ありがとう。おやすみ」
使用人が主人と一緒の部屋に寝泊まりする訳もないので、ヨランダは挨拶をしてから退室した。
使用人が寝泊まりするのは、この区画内にある使用人部屋らしい。ラインバッハ家の使用人部屋よりも豪華なはずだろう。なんたってここは王宮なのだからね。
祭壇のように飾られたカミーユファングッズの前でうっとりとしているグウェンを余所に、あたしも疲れたのでベッドに身を預けて、未来予想図を描いていたら、いつの間にか寝てしまった。
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