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第三皇子と魔術とティーブレイクと(3)


「グウェン、顔を上げて」


 落ち着いたシャルルの声に従って顔を上げると、シャルが手を伸ばせば触れれる程の距離にまで近づいてきていた。


「ボクは確かに女性が苦手だ。だけど君に対してはその感情は抱いていないよ。あの時婚姻の申し出をした時から君に対しては嘘はつかないつもりだ。………だからさっきは吃驚しただけだよ」


 微笑みながらあたしの頬に触れようとしたが、肌に触れる直前でシャルの手が震え始めた。自分の手を見て、微笑んでいたシャルの顔が苦悶に歪んだ。


 あたしは安心させる為に触れる事もできない。いつかのグウェンの涙を拭ってやれなかった時と同じ、惨めな気持ちが込み上げてきた。

 だがあの時より成長したあたしは、グッと込み上げてきたものを奥へと戻した。 


「またあたしが吃驚させちゃったみたいだね。シャルが嘘をつかないんだったら、あたしも本音しかぶつけないよ。だからね、焦らなくてもシャルのペースでいいんじゃない? これからずっと付き合っていくんだから、今日いきなり無理しなくてもいいんだよ」

「これは無理では………」

「嘘つかないんじゃないの?」


 見透かした目で問うと、シャルは更に苦しそうになり、その表情は遂には泣いてしまうんじゃないかと思える程だった。


「はは……頭で命令しても、身体は正直みたいだよ………。謝るのはボクの方だね。すまないグウェン」


 シャルは苦さを吐き出すかのように呟いて、震えた手を下げて、反対の手で震えを抑えるように爪痕残るくらいに握りしめた。


「だからいいんだってば、あたしもさっきみたいにやらかす事もある。完璧人間なんていないんだよ。欠陥抱えてこその人間だよ。不完全が人間の代名詞でしょ」


 流石はふが似合う人間のあたしだ、良い事言うね。


「モモカ、正当化はおよしなさいな。モモカのやらかしは洒落にならない時がありますわよ」


 はい。そこは反省するところがあります。うん。反省できる。反省できるのは成長の証だ。成長してるってことは不完全を完全に近づけているってことだ。つまり人間らしさがある。不完全人間の代名詞説立証。


「でも、やっぱりモモカの言い分好きですわ」


 悪役令嬢のお得意技の鞭と鞭ではなく、飴と鞭をくれた。ツンデレちゃんだ。あたしもツンデレ好き。


「ボクは………」


 あたしに触れられると確信していたシャルは実行できなくて気落ちしてしまっている。あぁ、この主人公が途方に暮れている感じ………萌える。間違ったこっちは死語だ。燃える、だ。

 こういう時は仲間の言葉や大切な人の言葉で蘇るのが定番だ。


「シャルの言葉は嘘じゃないんでしょ?」

「もちろん、嘘じゃないよ」

「じゃあこれから本当にしてよ。あたし楽しみに待ってるからさ」


 安心させる笑顔で言うと、ようやくシャルの震えは止まった。だが服に皺が残ってしまうくらいの強さで腕を握っていた。この選択肢は失敗だったか。そうだよね。今は嘘をついているとネガティブに捉えられる可能性もあるもんね。


「あー、あのえっと、あれだ。シャルが嘘をついても、あたしがシャルを好きな気持ちは死んでも変わらないよ」


 シャルが何も言ってくれないので、必死に考え付いたフォローする言葉は、グウェンの思い詰めた横顔を見て考え付いた。


 この背後霊は死んでもシャルへと思慕の念を抱いている。酷な決断をされて婚約を破談されても、最後の最後までシャルを想いながら死んだのにも関わらずだ。これはあたしの本心ではないが、グウェンの本心を伝えたに過ぎない。嘘はついていない。死後も死語にならない言葉だ。


「それは……とっても身に余る光栄だ」


 シャルは照れくさそうに笑った。


「グウェン……君の言葉は胸一杯にしてくれるね」

「これから持ちきれない程言うから覚悟してね。あ、落としたら拾って、もう一回言ってあげるから心配しなくていいよ」


 嬉しい事を言ってくれるので、口角上がったにんまりとした顔になってしまった。


 シャルは穏やかな目で告げた。


「君に婚約を申し込んで良かった」


 ボン! と後ろで爆発するような音がした。どうやらグウェンが顔面を沸騰させて、恋煩いを破裂させた音のようだ。幽霊ってなんでもありなんだなぁ。


「あ、あたしも受け入れて良かった………って思って……る」


 おや? あたしの顔もちょっと熱くなっている気がするぞ。きっと紅茶のせいだろう。うん。きっとそのはず。


「そ、そういえば、このフィナンシェも自分で作ったの?」


 熱さを誤魔化しながらテーブルの上にあるフィナンシェに視線を移動させた。こんがりときつね色の焼き目の長方形型のお菓子。洋菓子の中で一番好き。


「そうだよ。ボクの手作り。どうぞ食べて」


 お互いに椅子に座りなおして、フィナンシェを口に運ぶ。


「うまっ!」


 もそっとした食感の中に砂糖の甘さとバターの芳醇な味が広がっていって、噛めば噛むほど上手さが濃厚になって溶けていく。


「喜んでもらえて嬉しいよ」


 紅茶とも合っていて、長旅で荒んだ身体に優しさと共に染み渡るなぁ。


「お菓子作りも趣味なの?」

「趣味ではなくて、身に付いただけだね」

「その言い方だと、シャルってもしかして家事全般を全部自分でやってる?」

「まさか洗濯は任せているよ」


 洗濯以外は自分でしてるんだね。


「あたしと大違いだ」


 って言いながらも、あたしは一人暮らしだった為に家事全般はできる。これはグウェンに対しての嫌味だ。


「わ、私だってお菓子くらい、つっ作れますわよ」


 声が上ずっている為に嘘だと見抜いておこう。


「そんなことないよ。兄弟全員、身辺の事は自分ではしないからね。ボクが変なだけだよ」


 あたしからすれば他人任せにするよりも、自分でやった方が効率が良いし、生活のルーティンワークになっていたので誰かに任せる発想はない。転生してからお嬢様生活をしていたけど、ある程度は自分でしていたしね。


 シャルも幼い頃から、そういう生活をしてきたから生活の基盤になっているんじゃないのだろうか。だとすれば、子供の頃はとても寂しい生活だったんじゃないかと想起させる。使用人に頼らず家事全般を一人でする小さな背中を想像すると、胸を締め付けるような哀愁を感じた。


「じゃ、じゃあシャルには使用人がいないの?」

「そうだね。ボクが抱えている使用人は一人もいないね」


 どうして? とは訊けない。そもそも使用人がいないのは知っていた。

 シャルの女性恐怖症もあり、男性の使用人を雇うことになるのは必然である。しかし男性の使用人は何かしらの悪意のある理由で潰される。王宮に仕えている使用人は、歴代王宮に仕えている家系だ。なので外部の人間をそう何人も雇えないのが現実だ。

 シャルの使用人になれば不幸が訪れるので、誰が次の不幸に見舞われるか恐々としていたところで、シャル自身が身の回りの事を自分でするようになった。

 

 グウェンと暮らし始めてからは、食事以外はグウェンのヨランダを含む使用人が世話をするようになったらしい。


 最期の一口のフィナンシェがいやに甘かった。


毎日21:10に更新です。よろしくおねがいします。


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