第三皇子と魔術とティーブレイクと(2)
「あ、じゃああたしの事はグウェンって呼んでよ、親しい人は皆そう呼んでるし」
「そうか、じゃあ遠慮なくグウェンと呼ばせてもらうね。ボクのことはそうだね。シャルでいいよ」
「ん。よろしくシャル。で、唐突だけど、さっきのは魔術?」
お互い認識を改めたところで、いの一番に気になっていたことを訊くと、あたしのカップに紅茶を入れてから、さっきと同じように手であおぐと紅茶から湯気が発生した。
「ふふ、グウェンは本当に魔術に興味があるんだね」
食い入るように見ていると、くすくすと楽しそうに笑いながらカップを目の前に置かれた。
文通の内容で趣味はダンスと武術と魔術と伝えてあるので、シャルはあたしが魔術に興味があるとは知っているのだ。代わりにあたしはシャルが植物好きや菜園を持っているなどを知っている。
「やっぱおかしい?」
「ううん。世間の風潮はそうかもしれないけど、誰が何に興味を持ってもいいんじゃないかな」
「周りの人間に迷惑をかけなければ、が含まれていますわよモモカ」
前世でも同じ会話をしたのか、グウェンが釘刺してきた。へいへい、あたしはあんたと同じで周りに迷惑振りまきますよー。
「これは風を送って対象を記憶する魔術と、一度記憶した状態を再現する魔術だよ」
「えっそれって魔法の域じゃないの?」
時を戻しているよね。そんな芸当ができるのは魔法の域だ。
「上級魔術ではあるね。条件として手から送る風の大きさと範囲だけだから、それ以上の大きさと範囲を超える物体や、物体の一部位だと記憶されないんだ。だから小さいものにしか使用できないんだよ。まぁこうして使えば便利だけどね」
あたしも魔術を学んでようやくわかったことがある。この世界の魔術、ちょっと利便性が向上するだけだ。例えばファイアも手から火を放出する。手から火を出すのだ、対人戦闘だと最強だ。…なのだけど、大抵は三秒以上は放出できない、一定距離までしか伸びない、出し過ぎると魔力不足と反動で体熱が奪われて低体温症になるといった不便な点とリスクがある。
魔術は強くなればなるほどに代償が大きくなるのだ。だから気軽に使える低級魔術が生活魔術と呼ばれていて、大半の人間はそこまでしか使おうとはしない。それ以上を求めると、血が滲むほどの研鑽が必要になり、しかも研鑽したところで、運悪くコロッと死ぬかもしれない。そりゃあ平和な世界では誰も魔術師になりたがりませんわって歴史があった。
魔法に至っては何かしらが欠損したりする。感情か肉体か、はたまた近しい誰かか。魔法は等価交換みたいな感じだ。無法に魔法が使われていたら世界が終わる。本当にある程度法整備されていて良かったよ。
「その内容なのにそれだけなの?」
「………グウェンはよく勉強しているね。とりあえず飲んでみてよ。あ、侍女の……ヨランダさんだっけ、毒見は大丈夫だよ」
そう言って先にカップに口をつけてから喉を動かして減ったカップを見せてくれるシャルル。
ヨランダは固定の魔術を使うので、毒と判別した瞬間に、体内で毒を固定してしまうらしい。それで身体に吸収される前に固定された毒が排出される仕組み。即効毒はそれでいいかもしれないけど、遅行毒はどうするんだ? って訊いたら、現存している遅行毒ならば耐性を持っているから平気とのこと。バケモンだった。
で、侍女兼毒見役なのである。これはグウェンの時も同じ役割だった。
「い、いただきます」
シャルルが毒を入れる理由はないし、あたしだってもしも毒を盛られた時の魔術をヴィクトルから学んでやってきているから八十パーセントは心配無用だ。
一口飲むとちょっと酸いリンゴの味がして、口の中が爽やかな風に満たされた気がした。どこにでもあるアップルティーだ。
「お、美味しいけど?」
「それは良かった。ボクが作った茶葉なんだ」
「へぇ自家製茶葉って本格的だね。……それで魔術とどこが関係が?」
「グウェンは美味しいと感じているけど、術者のボクは一切味がしないんだ」
「え、あたしにも飲ませて」
「あっ」
シャルルのカップを手に取って一口飲むと、味は普通にしたし、あたしのと変わらなかった。
「変わんない……けど?」
「グウェンが飲んでも変わらないんだよ。この魔術は術者の記憶を捧げているからね」
顰めた眉根で首を傾げていると、小さな口を開けっ放しにしていたシャルルが答えてくれた。
「え、でもだったら味はするんじゃ? しない場合だと再現できてなくない?」
「いい着眼点だね。記憶を捧げた時点で、ボクからの記憶は抜け落ちてしまっているんだ。だからボクには再現された記憶は認識できない。再現されていると実感できるのは、術者以外だけ。そういう魔術だよ」
「ふーん。優しい魔術だね」
そう言うとシャルルは目を丸くさせて、何度か瞬いた。
「どうしてそう思うのかな?」
「だって記憶を捧げたら私利私欲のためには使えないじゃん。となると自分以外の人に使う魔術でしょ。記憶を捧げてまで他人の為に使う魔術は優しいでしょ?」
王宮内には厳禁行為がある。その一つの中に調理場での調理師以外火気厳禁があるせいで、皇族でも火を使うができない。例の噂を気遣ってくれているので第三者に頼んで温め直しができない背景があるが故に、こうして自家製茶葉を一番おいしい記憶を捧げて振舞ってくれているんだから、優しいと言うしかない。
なのにも関わらずシャルルは苦い顔をしていた。
「モモモモ、モモカ、人様の口付けた飲み物を飲むなんて! しかもそれがシャルル様のなんて! 不埒不健全不品行ですわ!」
何かマズい発言をしてしまっただろうかと、考えていると、今までわなわなと震えていたグウェンが指さしてきた。シャルルに持て成されて感動で震えているのかと思っていたら、違ったみたいだった。
ちゅうか人を駄目駄目人間みたいに呼ぶな。うん? ここは、ふふふ人間か。
いや笑っている場合か。グウェンの言うことは尤もだ。シャルルは女性恐怖症なんだから、自分が口をつけた物に口付けられたら、そら苦い顔にもなるわ。そうじゃなくても不品行ではあるか。
「ごめんなさい。勝手に飲んじゃって、気持ち悪かったよね。本当にごめんなさい」
あたしは席から立って頭を深く下げた。友達と接するようにとし過ぎたせいで、距離をいきなり詰め過ぎた。これはあたしの不祥事である。
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