第三皇子と魔術とティーブレイクと
シャルルの私兵の中で一番等級が高い私兵に案内され、凹のような形をした王宮内の左の区画へとやってきた。道中で執事や侍女、官職であろう人とすれ違う度にへりくだった挨拶をされて、ラインバッハ家で慣れたつもりだったけど、ムズ痒かった。
とある一室の前で案内役が止まると、ノックをしてシャルルを呼んだ。室内から「どうぞ」と返って来たので、案内役が扉を開けてくれて、礼に倣ってあたしが一番最初に入室した。
シャルルの部屋は日当たりが良く、暖色系の配色が施されていて温かみを感じた。乾燥した草花が瓶に入った棚に、ぎっちりと詰まった本棚に、窓際には吊るされたプランターに季節の花が咲いている。キャビネットとチェストが一つずつあり、扉と窓から離れた部屋の隅に、新調した様なシングルベッドが一つ置いてあって、皇子の部屋として見れば質素だった。
入口から斜め右前にポツンと扉があったが、どこに繋がっているかなんてどうでもよかった。
四つある窓のちょうど真ん中にガーデンテーブルとカウンターチェアが二席あって、その一席にシャルルが座っていて、あたしを確認すると立ち上がって向かってきた。
スラッとした長い手足で、ちょっと猫背。ほっそりとした印象を残すも整った顔。邪知暴虐な雰囲気ではなくて、嫋嫋とした雰囲気を纏っている。その証に銀髪もへたりと元気なさそうに目にかかりかけていて、その防波堤として眼鏡が役割を果たしていた。
あたしは挨拶をすることもなく、疑問だけを口にした。
「え………アル?」
そう、この見た目は、自称庭師のアルである。それがシャルルの部屋にいるということは、アルはシャルルであったことになる。隣にいるグウェンが手を合わせて「言い忘れてましたわ」との意を込めて片眼でウィンクした。謝り方があざといから、後で小言の刑にしてやる。
てゆーか、同一人物って分かっていたし、兄弟とかそっくりさんとか思ってないし、あたしそんなに勘が鈍い女じゃないし。もしかしたら違うかもなーって、勘違いしていただけだしね。
「ごきげんよう。そしてようこそグウェンドリン」
「ご、ごきげんよう」
シャルルは従来通りの挨拶をしてくれたので、礼儀を欠いたあたしは名誉挽回するために挨拶を返した。
「案内ありがとうアベル」
シャルルが片手をあげると、後ろにいた私兵は敬礼をして規律正しく部屋の扉を閉めて行ってしまった。
部屋にはあたしとヨランダが残された。
「こちらへどうぞ」
シャルルが指したのは白いカウンターチェアだった。手荷物を持ってくれているヨランダは、呼ばれていない為、その場から動こうとはしなかったので、あたしだけ椅子に座った。
「ごめんね、ボクのこの姿で戸惑ったよね」
ガーデンテーブルの上にはティーポットとカップ一式と、小皿にフィナンシェが置かれていて、シャルルが申し訳なさそうに話しながら、カップに湯気の立たない紅茶を注いでくれた。
「あ、はい。まぁ……」
文通をしていたものの、文字通り角ばった内容だったので、あたしはいつもと違う話し方をしてしまう。流石のあたしも第三皇子と分かってしまった人間に、友達と話すような粗い話し方はできない。
「舞踏会で君に要らない負担をかけたくなくてね。嘘をついてごめんね」
「いえ、こちらこそ、無礼な態度で対応してしまって申し訳ありませんでした…わ」
心の中にグウェンっぽい似非お嬢様を作り上げて対応すると、シャルルは困った顔をした。
「やっぱり、あっちのイメージが強いのかな?」
オールバックで威光が宿った力強い目つきで、威風堂々とした態度。そっちの姿のシャルルに婚姻を申し込まれたから、頭の中でそっちがシャルルなんだと認識してしまっている。
あたしは小さく頷いた。
「そうだよね。……どちらかと言うと、こっちが素のボクなんだ。あれは外敵を寄せ付けない隠れ蓑のようなものでね。ああでもしないと、沢山の面倒事が舞い込んでくるんだよね」
はははと笑って説明しながら、淹れてくれたカップの上で手をあおぐように動かすと、紅茶から湯気が立った。わっ、魔術だ。しかも風系統の。
「外敵、ですか?」
質問する順番を間違えないようにあたしは答えた。
「栄養のある実を食べる害虫だよ。その為の予防策だね。………まぁだからと言ってはなんだけど、ボクは君と接する時は素の自分でいたいんだ。良かったら君も、普段と変わらない話し方をしてくれてかまわないよ………というかボクとしては話してほしいな」
既にあたしは粗雑な話し方でシャルルと接してしまっている。シャルルからすればあれが普段のグウェンドリンだと認識しているのだろう。お互い難儀な認識をしてしまっているじゃん。
シャルルはどうやらあたしを心から信頼しているようだ。いや、言葉がちょっと違うか、あたしに信頼してほしいの方が正しいかもしれない。
シャルルは極度の女性恐怖症だ。それは触れるのはおろか、近づくのさえも許さない程の恐怖症。ヨランダを近くまで帯同するのを許さなかったのも、その症状の表れである。ただあたしだけは、ダンスを通して心を惹かれているので、ある程度まではシャルルのスペースに入り込むことができる。これはグウェンが前世で経験したことである。
恐らくだがこのガーデンテーブルの距離が現状の許された距離なのだろう。それを縮める為には、お互いに素を晒して接し合わないといけない。
シャルルは既に手を差し伸べてくれているのだ。この手を払うことなんてあたしにはできない。
「わかった。そうする」
そう言うと、シャルルの顔に花が咲いた。
「ありがとうグウェンドリン」
ぐっ……思わないようにしていたけど、アルの方はめっちゃ好みだから、そんな嬉しそうな顔をされると惚れてまうやろ。………駄目だ駄目だ。親友の婚約者に惚れるなんて、史上最悪の恋愛に発展すること間違いなし。
後ろのグウェンもうっとりしているし、似るのは魂の形だけにしておいてくれ。
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