悪役令嬢と引っ越しと者々と(5)
翌日。
あたしは王都へ向けて出発した。
家族全員と使用人に見送りをされて、一か月半過ごしたラインバッハ家が見る見るうちに小さくなっていくのに心を打たれていた。グウェンも涙を堪えるのが我慢できなかったので、大粒の涙を流しながら、馬車から貫通してハンカチを振っていた。
あたしもそこまで感動を表現したかったけど、目の前に座っている人物のおかげでセーフティーが発動した。
頭部にポンポンを二つつけた髪型で、想定年齢よりもずっと若くほぼ同世代のような見た目で、メイド服を着用した女性。そうヨランダだ。
本当は五人程侍女をつける予定だったのだが、またまた数多の理由によって侍女の数を減らされた。それで選出されたのが、専属メイドであったヨランダである。器量よし、気質よし、戦闘力大いにあり。の文句のつけどころが口うるさく厳しいくらいしかない。………睨まれた。
ヨランダはイザークの元部下である。部下と言っても財務大臣になる前の、魔術師師団の団長と師団員の関係。動乱の時代が終わったために、戦いしか知らず定職につけなかったヨランダに仕事を与えたのがメイドへの馴れ初めらしい。普通の仕事が巧くできないってどんだけ戦闘狂なんだよヨランダわ。………めっちゃ鋭い眼つきになった。
ヨランダは王宮内の事を知っているので、イザークも任せられると太鼓判を押している。そんな過去を訊いて、あたしとしても心強かった。ただ、イザークの部下で動乱の時代を生きていたなら、年齢は四十を超えていることになる。………そうは見えないんだよなぁ。魔術で外見を固定しているんじゃないのか? ………ありえるな。魔術を解くと、いきなりヨボヨボな見た目になるのかも。………あ、やばっ、笑ってる。目が笑ってないのに笑ってる!
敢えて何も言わずに表情だけであたしの心情への返答をしてくる、頼りになり、末恐ろしい専属メイドさんを視界から外して、流れゆく景色を堪能した。
王都へ行くまでに五日かかる。夜間も休まずに、馬を変えて強行軍をすれば三日でつくが、そんな事は危険極まりないのでできるはずもなく、日中だけ主要の街道を使って移動する。
日が完全に落ちる前に宿場とする街へと到着するように移動して、ラインバッハ領内ではラインバッハ家と懇意にしている宿屋に泊まっていた。
二日目にラインバッハ領を出るところで、シャルルの私兵隊が護衛に加わった。これも手紙で事前に伝えられていたことで、引っ越し計画は綿密に計画が練られているのがお判りであろう。
道中は軽いいざこざさえもなかった。盗賊に襲われるとか、前日の豪雨で橋が流されるとか、馬車がこけて命の危機に瀕するとか、一切イベントがなかった。だからといっては不謹慎だが、暇だった。
馬車内ではやることがなく、ヨランダが小話という授業をしてくれたり、終わったら歌ってくれたりと軽い暇つぶしはあるものの、暇を持て余す方が多かった。馬車内でうとうととしても振動で寝られない。いくらふかふかなソファを搭載していても、揺れの中と車輪の音が五月蠅くて寝られない。
グウェンはあたしのそんな気も知らずに、馬車の上で踊っていたり、御者席で馬の操縦のふりをしていて楽しそうではあった。
持ってきていた分厚い本は読み終わったし、時間を潰す趣味は一切持っていない。身体を動かす趣味ばっかりなので、四日目の道中で、一日に何頭の牛に出会うかと数えていると、鬱屈とした馬車内で突然叫びたくなる衝動に襲われそうになった。
あたしの限界が近いのを見計らったのか、ヨランダが道中で買った甘味を与えてくれた後に、膝枕してくれたので平穏を取り戻し事なきを得た。
五日目の昼過ぎに農耕地ばかりだった外の景色が変わって、民家が増えてきて、石造りの舗装された通りに入ったころには、人通りも、あまりすれ違わなかった馬車も旺盛になってきた。
「見えましたわよモモカ」
馬車の天井から頭を突き出して報告してくるグウェン。このお化けスタイルが最近のグウェンの中の流行りらしい。いきなりやられると、びっくりするので早く廃れてほしい。
徐行していた馬車の窓から外を見ると、建物が意思を持って捌けたような台形の広場があって、その奥に広場の半分ほどの広さの関所が見えた。そして更に奥に、歴史の本や海外旅行サイトでしかみようがなかった荘厳な宮殿が聳え立っていた。
苦節五日、ようやく目的地に到着した。
関所で手形を申請して、軽い身体検査をされてから通された。あたしは軽い身体検査だったが、ヨランダは長かった。そこまでやる? くらいの検査をされたのだろう。
ちなみにカミーユファングッズは何故か検査が通ったが、塩が没収された。解せない。
暇な馬車とはお別れで、ようやく自分の足で目的地まで移動できる。宿場まで歩いている時も同じ感動をしていたんだけど、自分の足で歩けるって最高だよ。
「さぁモモカ、気を引き締めなさいな。味方はシャルル様とヨランダとこの私だけですわよ」
前世でネェルと結婚しているシャルルも信用していいのかどうか問題があるが、今は信用しているグウェンを信用しておこう。
グウェンの言う通りに、ここから先は敵地である。敵とは死の運命を指す。もちろん人も敵になりうる。敵となる可能性がある人物は説明されたが、説明されてもグウェンの性格のせいじゃんって感想しかなかったから、あたしが接すれば敵ではなく味方にできる自信がある。
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