悪役令嬢と引っ越しと者々と(4)
「やっぱりここでしたか、姉上」
切り株に座って、両手の上に顎を置いて、青い空に生成された愉快な形をした過ぎ去る雲と、遠くの方の田畑で小人達が動いているのを視界に入れつつボケーっとしていると、ここへ来られる唯一の獣道から聞き馴染んだ声がした。
「カミーユは名探偵だね」
頭脳は大人、見た目は麗人。宿敵と一緒に滝に落ちないし、頭を搔いてもフケはでないし、列車で事件も解決しない。だけど数多の名探偵を差し置いてあたしの事は隅から隅までお見通しなのだ。
「姉上の行動範囲が狭いだけですよ」
「それもそうか」
カミーユは隣に座った。どうやら連れ戻しに来たわけじゃないみたいだ。
「ヨランダは?」
「捜索を俺に委任して、姉上の部屋を掃除していますよ」
訂正。捜索隊だった。でも穏やかな口調なので強制送還するつもりはないみたい。
「見つかっちゃったけど、いいの?」
「えぇ姉上と話したかったので」
一か月前よりも長くなった金髪を揺らしながらカミーユは柔和に笑った。
「あぁっ! カミーユの私に対する微笑みですわ! 版画にして永久保存したいですわ!」
わかる。あたしも心のシャッターで一枚保存した。
カミーユの良さを布教する活動を不本意ながらも手伝っていたら、あたしにもグウェンと同じような気持ちが芽生え始めてしまった。グウェン程に重症ではないものの、弟馬鹿な発言に同調することが多くなったのは確かなのだ。
それもこれもカミーユが日々成長していく姿を見せてくれるのが原因だ。ダンスもテンダンスを全て上級者と同じように踊れるようになったし、イザークの付添人となって仕事を学んだりと、飛躍的な成長をしている。
そのおかげで顔つきも大人になっているが、あたしと話す時は前のような子供のような顔に戻るのが、あたしを狂わせた一因でもあるのかもしれない。
「ここ最近忙しそうだったもんね」
「そうですね。父上の凄さを思い知らされました」
イザークの仕事の手伝いをしているカミーユは家から離れることが多くなった。普段は時間が合えば話せていたが、あたしも大きい家具やらの引っ越し作業で、ここ一週間はカミーユとまともに話せていなかった。
だからなのか、カミーユ成分が足りてないグウェンがカミーユの周りで、嗅いだり頷いたり触れたり涙ぐんだりとせわしなくしている。カミーユから見えていないからこそいいんだけど、見えているあたしからすれば身内でも犯罪臭が拭えない。
「まぁあたしもカミーユと暫く話せなくなるから、こういった時に話せて良かったかも」
あたしは明日、ラインバッハ家を出て行く。シャルルと婚姻を結んでその日の内に王宮へ行ける訳ではない。色々と手続きや作業があって、二週間やそこらで行ける予定だった。予定だったのだが、一か月半も先延ばしになった。その為の引っ越し作業をここ一週間はしていた。
先延ばしにされた理由はイザークが言うには、自分のせいなんだと。なにやら王宮内ではイザークが皇帝を暗殺しようとしているんじゃないかとの不穏な噂が流れているらしい。イザークは野心家ではないし、忠誠心もある人だ。だから根も葉もない噂なのは実子ではないあたしにだってわかる。
だから引っ越し家具を王都に送ってはなんやらかの変な理由で返却されたりしていて、引っ越し作業も順調に進まなかった。恐らく手荷物に入っているカミーユグッズは検査に引っかかるだろうなと予想はしている。
とにもかくにも、その噂が向かい風になっていて幸先が良くないのは確かだった。
「姉上本当に行かれるんですか?」
「そりゃあ行くよ。シャルル…様が待ってるもん」
当のシャルルとは舞踏会以来会ってもいない。ただ手紙は貰っており、掻い摘むと諸事情が重なって会いに行くことさえできないのだと。無理やりにでも会いに行ったりすれば、あたしに不幸が起こる可能性があるとも示唆していた。まぁ一国の皇子が私情で動けないのはしょうがないと頷いておこう。それに文面から滲み出る様に伝わったのは、自己保身ではなくあたしへの配慮だった。
そういう優しい人なのだとグウェンが目を細めて言っていた。
「王都は今、きな臭い状況です………俺は姉上が心配です」
カミーユは空にある大きな雲を顔に宿らせつつ言う。
カミーユの心配事はグウェンにも言われていた。前回とは状況が違っているから、状況が改善されるまで王宮へ行くのは引き延ばしてみてもいいのではないかと提案された。その時は考えが纏まったら話すと言って今日日までグウェンが納得しないまま茶を濁し続けていた。
グウェンはカミーユに纏わりつくのを止めて、あたしの答えを訊く姿勢になっていた。
「ありがとうねカミーユ。でもあたしは約束したんだ」
「約束………ですか。自分の身が危険だとしても、その約束は果たさなければいけないのですか?」
「………うん。大切な約束だから、王宮へ行かないと果たせないんだ。だからあたしは行くよ」
グウェンとの約束は王宮へ行くことで、ようやく果たせるようになる。受け身でいたら死の運命は回避できないのだ。自ら渦中へと飛び込んでいくことによって、見えてくる問題もあるはず。だからシャルルとあまーい生活をしながら、どうしてそんな噂が流れているかも突き止めて解決してやるつもりだ。
「姉上にそこまで言わせるのは幸せ者ですね」
乾いた笑いでカミーユはそう言った。
そうだよ。君のお姉さんは幸せ者なんだよ。シャルルよりもあたしの方が寵愛してるって言っても過言じゃないからね。………過言だな。だってこれあたしの人生でもあるものね。
カミーユの表情は快晴にならない。あたしだって別れるのは寂しいが、寂しいまま別れるのは今生の別れだけでいいのだ。
「カミーユ、踊ろっか」
あたしは徐に立ち上がって、カミーユへと手を差し伸べた。嫌な事があった時は自分の好きなものを取り入れるのだ。あたしの好きなものの中に異世界転生異能バトルと格闘技の他に、ダンスが加わったのは言うまでもない。
口元を柔らかくして、仕方ないなと言った風にカミーユは手を取ってくれた。
数十分気が向くままに踊って会話してから、陽が傾いてきたので、あたし達は幼い姉弟のように手を繋いで山を降りたのだった。
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