悪役令嬢と引っ越しと者々と(2)
ヴィクトルはあたしのせいで胸骨を骨折して全治一か月の怪我を負ったが、記憶から消し去りたい恥ずかしいあの頬にキスをするとの出来事で帳消しにしてもらった。
その後フィリップとの勝負に勝った報酬として、あたしの味方になってくれたので、とりあえず今後何があるか分からないのと、個人的な興味で魔術を教えてもらっている。
ヴィクトルが言うには、あたしには魔術の才能があるらしい。つまりグウェンには魔術の才能があった。おいおいこれはとんでもない情報だよ。異世界転生異能バトルの始まりじゃん。勝った! 大勝利! あたしの転生生活強靭無敵最強! と、その場で四回転ジャンプして大はしゃぎに大喜びした。
魔術には自然物と繋がった相性がある。俗に言う属性だね。何やらどの属性が得意かと生まれた時からカテゴライズされているようだ。で、グウェンは水に関する魔術が得意みたい。思い返してみれば、先天性で覚えていた魔術は水に関するものだった。
ちゃんとバトル物の設定あるじゃん! グウェンの無知! 馬鹿! とその日の夜愚痴ったら犬も喰わない喧嘩になった。
どれくらいの適性があるのかと、教官のヴィクトルの下、試しに油を弾く魔術キュキュを使ってみた。皿の油を弾いたのだが、同時に厨房から悲鳴が聞こえてきた。駆けつけてみると、厨房の壁や床や天井が油まみれになっていたのだ。
元々魔力保有量が大きかったグウェンが、今では魔力を並々に貯めた状態で魔術を使えばどうなるかなんて、ちょっと考えればわかることだった。
一皿の油を弾くのが、洗い残しの油さえも弾き、水に溜まっていた油も弾いてしまっていたのだ。魔力がありすぎて無差別に油を弾いてしまう現象が起こってしまったのだ。油まみれのジョンや、偶々居合わせたネェルに謝りつつも、求めていた力を手にして興奮を隠せていなかった気がする。
その後にイザークに叱られるわ、体調不良になるわで、罰はしっかりと当たった。
あたしの体調不良の原因は魔力不足から起こるものだった。
魔力が沢山あるのになんで? という当然の疑問をヴィクトルは一撃で解消した。
『お嬢様の使う魔術は一回で、内にある全ての魔力を消費するんでしょうね』
魔術や魔法にマジックポイントという概念があるならば、あたしの使う魔術はマジックポイントが全消費。しかも全消費すればその日は魔力が枯渇して、体調不良に陥る。まぁ………あれだ………使い物にならないというわけでね。あたしの異能バトルの道程はまた陰りを見せたのだ。
しかし! 継続して使えないだけであり、一回だけなら最強の魔術を使うことができるのだ! そのポジティブな部分だけを色眼鏡にかけて現実逃避することにした。なので、ここ最近はヴィクトルから水に関する色んな魔術を教わった。
「魔術なんて使うまでもないわ! 塩くらえ悪霊!」
下の方に残った砂状ではない硬めの塩を掌に出して、大きく振りかぶって投げつけた。
ちなみに魔力を物体に乗せると、力が魔力分増幅する。だから軟な腕でヴィクトルの胸骨を破壊できてしまったのだ。
昔の文献で、魔力を乗せた攻撃は魔物に通用するとみたので、この塩には軽い魔力を込めている。あたしだってただ呆けていた訳じゃないのだ。
グウェンは殺気を気取ったのか天井をすり抜けて避けた。
「御姉様、御手伝いに参上しましきゃん!」
塩の塊は運悪く扉を開けたネェルの眉間にぶつかって粉となって弾けた。
ネェルは首を後ろに反らして、そのまま反動で後ろへと倒れて行ったので、枕を掴んで投擲する。ネェルが倒れるよりも早くでかい枕が背中と頭の下に入り込んでクッションとなった。
「ネェル!」
倒れたネェルに近寄ると眉間を赤くして白目を剥いていた。可愛いお顔が台無しです。
「モモカ、またやりましたわね………」
天井から逆さまに上半身だけを覗かせているグウェンはため息をついた。
「いや……これあたしの………せいか………」
シュザンヌがいなくなったことにより、ネェルを虐めるふりをする必要が無くなった。対人関係で大本の元凶がいなくなれば、形骸化されたことも綺麗さっぱり無くなるのは必然だ。だが、ネェルがあたしに近づくと、何かしらの不幸な出来事が起こるようになった。
例えばダンス中に靴が吹っ飛んで、練習を見学していたネェルの鳩尾にクリーンヒットして悶絶させたり、一緒に食事をしていたら、あたしが食べようとした熱々の煮卵が、ホップステップしてネェルの口に入って煮汁溢れて悶絶させたり、新品の洋服を着て買い物に行ったら馬車馬の馬糞をネェルだけが引っ掛けられたりといった具合だ。
グウェンがしていた、しょーもない虐めの方がまだマシなんじゃないかと思える程の不幸な出来事が相次いだ。そのせいでイザークに、まだネェルを虐めていると疑われていた時もあった。全ては偶々、偶然なのに、ネェルと一緒にいるとこんな風になる。
近づかない方が良いよと忠告してもネェルが近づいて来るせいで、対処方法がない。そもそもネェルがこの現状に満更そうなのが異常である。
ネェル曰く、御姉様の愛を頂けて至高。
こわっ! があたしの率直な感想。
シュザンヌが去ってから起こり始めたので、シュザンヌが残した呪いなんじゃないかと薄々思っていたりする。
「はっ、私は一体?」
無理に移動させる訳もいかないので、どうしたものかと考えていると、ネェルが目を覚ました。
「大丈夫ネェル。痛いところない?」
「痛いところ? 胸………ですわ」
小さな手で胸をぎゅっと抑える。
「え、打った?」
「撃たれましたわ」
「これは痛くない?」
また他人の胸骨を破壊してしまったのかと不安になったので、軽くネェルの胸に触れて触診する。
「あぁ御姉様、まだ日が昇っていますわ。それにここは廊下ですわ」
「痛いか痛くないかで答えなさい」
「あぁっその冷たい瞳。胸が苦しくなりますわ」
あたしは悶々とするネェルをその場に捨てた。
この不幸な出来事が起こるようになってから、ネェルに謝罪したり介抱したりと、色々尽くしていたらネェルの御姉様好き好き度が異様な上がり方をしてしまったみたい。グウェンが深く関わるのが危険だと忠告したのを最近身を持って知りつつある。
なので、身体に異常が無ければ冷たい態度をとって、釣り合いを取っている。
「はい。元気だね。作業はあたし一人でできるから、ネェルと遊ぶのは今度帰ってきてからね」
そう言うとネェルは体を起こして、反論してきた。
「そ、そんな! もう明日には出発なさるのでしょう。御姉様と長く会えなくなるのですよ、少しでも思い出が作りたいだけですのに………ぐすん」
俯いて口を尖らせつつ、涙声で言われた。
「じゃあ塩撒いてた事は秘密にできる?」
「できますわ! 御姉様との秘め事にしますわ!」
「おっけ、約束だよ?」
「約束しますわ!」
「じゃね!」
枕を拾って、扉を閉める。
あたしが酷い人間だと思われることだろう。甘いね。
「………この冷ややかさを思い出にしろってコトですわね! そうなのですわね! 流石は御姉様ですわ!」
と、変な方向に勘違いしてくれるからこれでいいのだ。まともに取り合っても碌な事にはならない。まともに取り合わなくても、勘違いで進行していくから、もう手のつけようがない爆弾のような異母妹である。
御機嫌になったネェルが部屋の前から気配を消したのを確認してから、大きく息をついた。
「あ、ヨランダ。御姉様が部屋で塩を撒き散らしていましたわよ」
あんの異母妹! 約束したのに告げ口しやがった!
ヨランダの怒りを含んだ足音が近づいて来るので、あたしは窓から逃げ出した。夜になるまでは裏山で時間を潰そう。
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