悪役令嬢とこれからと死の運命と
「黒毛和牛上塩タン焼680円!」
晩御飯のセール品を奪い合う夢を見ていたあたしは叫んで飛び起きた。
「な、なんの呪文を唱えていますのよ………」
いつの間にか、ふかふかの自室のベッドで寝ていたあたしの隣にはグウェンが見下ろすように浮いていた。
辺りを見回してみると自室だった。あたしは確かシャルルに求婚されて、それに答えてからダンスホールで気を失ったところまでは覚えている。
カーテンの下からは光も漏れていないので夜なのだろう。あたしは何時間寝ていたのだろうか。
いや………そもそも全てが夢だった可能性もあるんじゃないか。実は恋バナをした時の軽く目を瞑った後に見た夢だったとか。だからまだ舞踏会は開かれていなくて、あれは理想の夢だった。
だったら何も解決してなくない!?
「ころころと表情を変えて元気そうですわね」
「グウェン! これって現実!?」
訊ねながら自分の頬を引っ張ったらもち肌だった。夢じゃない。
「安心なさいな、モモカは成し遂げましたのよ。今は舞踏会から丸一日経ったくらいですわ」
穏やかな表情で焦燥を鎮火させてくれた。
「丸一日寝てたの?」
「連日の無理が祟ったのですわよ。医者はそう診断していましたわ」
ここ数日は身体に鞭打っていたし、舞踏会でアドレナリン全開だったからな。謀を伐ったのと、シャルルと婚姻を結べたことで、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。徹夜で仕事を終わらせた瞬間に寝る――もとい気絶する習性が身体に残っているせいもあるかもしれない。
一日寝て鈍っているだろう身体を伸ばすと、筋が悲鳴をあげた。
「いだだだだだだだだだ」
「ちょっ、モモカなにして!? 大丈夫ですの!?」
「大丈夫……じゃないかも」
腕を伸ばした姿勢から戻れなくなって、涙目になりつつ助けを求める。いきなり動かしたせいで腕を攣ってしまった。
「ヨランダはちょうど席を外してますのよ。攣ったのでしたら、深呼吸しながらそのままの姿勢でいなさいな」
深呼吸できないよぉ。笑えるくらい痛いよぉ。この身体水分不足だよぉ。
「医者は暫く安静にするように、くれぐれも起き抜けに運動はしないようにと忠告していましたわね」
「ふざけんな………ううっ」
先に言ってくれよこのアホンダラ。もう喋るだけで痛いので、深呼吸に集中しよう。システマだシステマ。
ただ体をほぐそうとしただけなのに、なにこの仕打ち。これが死の運命を回避した功労者にする仕打ちなの? 非道だ。運命を回避したら絶対抗議してやるから。
「モモカそのままでいいですから聞いて欲しいのですわ」
もうこのままの姿勢でしか聞けないよ。
「今後の話ですわ。シャルル様と婚姻を正式に結ぶために私たちは王宮へ向かうことになりましたの。これは生前の私と同じ結果ですわ。だからモモカには感謝しきれませんわ。ありがとうございますわ」
小さく頷くことしかできない。グウェンは深い御辞儀から顔を上げて続けた。
「ただ大きな問題はこの後ですの。私達はこの家を出て王宮で暮らすことになりますわ。そこでネェルがあの女狐の計らいで王宮へとやってくるのは説明しましたわね。ですが、今回はそうならないのですわ」
頭の上にクエスチョンマークが立った。
「なんとあの女狐、お父様の逆鱗に触れたせいで実家に帰らせられるのですわ! そのまましわがれるまで実家の脛でも齧ってなさいなオーホッホッホ!」
満面の笑みで愉しそうに悪い笑いをしている。お嬢様ってその笑い方しないといけないマナーでもあるのか? あたしはマナーを叩きこまれてもしたくない。
んー? あたしが強く抗ったことで、執念深いシュザンヌも自分の身を曝け出すリスクをとることになって、家庭外を巻き込んだせいで、イザークの怒りの臨界点に到達してしまった。ってところかな。
「じゃあ………これで終わり?」
シュザンヌが実家に帰らせられたのならば、直接的な謀も、間接的な謀もできない。なんたって、次に同じことをしてイザークに露呈すれば、愛想を尽かされるに間違いないからだ。だから、あとは仲睦まじくシャルルと暮らせば、死の運命を回避したも同然だ。
たった一週間足らずだったが濃密な一週間だった。まだあたしのお嬢様ライフは続くのだろうけど、謀に気を張らなくていい生活は終わりだ。
笑顔だったグウェンは神妙な面持ちになった。
「終わりませんわ」
「まぁ一年はこのままって話だよね」
「それもありますが………実は……王宮内にも問題がありまして……」
手を胸の前で組んで人差し指をつけたり離したりしながら、バツが悪そうにしていた。
「シュザンヌがネェルを送り込んでは来れないんでしょ?」
「え、えぇ。ですから………それを抜きにしても王宮内で私を嫌う者が複数いましてですね……」
察した。
シュザンヌのような奴が王宮内にいたと仮定しよう。シャルルと婚姻することは皇族に参入するのだ、内からすれば異物でしかない。シュザンヌのような性格の人間は排除するはずだ。そうすれば、グウェンの性格上立ち向かう。結果、敵を作り出す。
この女、悪役令嬢。
悪役令嬢と悪役令嬢は惹かれ合い、反発し合うのが、誰かが決めた世の定めなんじゃないって変な妄想をしてしまう。
「じゃあ……なに? 死の運命はまだ回避していないの?」
「シュザンヌも熾烈な謀を巡らしてきましたけど、王宮内は部外者なのは私ですの、苛烈でしたわ」
シュザンヌは悪役令嬢四天王の中でも最弱。みたいな文言だな。
「あんた………」
「な、なんですの?」
「どんだけ敵作れば済むのよ! ばか!!!!!!」
「ばっ! 馬鹿って、私は普通に過ごそうとしていましたわよ!」
「あんたの普通が敵を作るんだっちゅうの! 学べよ!」
「学んだからこうして助言をしているのですわよ! それにどうせモモカは助言を無視して行動するのでしょう!? 私のことを馬鹿呼ばわりするなら、モモカも馬鹿ですわ。猪突猛進馬鹿!」
「言ったなこいつ!」
「言ってやりましたわ!」
攣った腕も治ってきたので元気と怒りを乗せて言ってやると、グウェンも同じくらいのはしたない声量で返してくる。
「お嬢様! 何時だと思っていらっしゃるのですか!」
「「すみません………」」
席を外していたヨランダが扉を開けるやいなや叱られたので謝罪する。
お互いにしょぼくれた顔を見合わせていると、込み上げてきた笑いをあたし達は我慢できなかった。
面倒なことが増えたけど、あたしはグウェンと約束したのだ。死を回避するまで文句垂れながらでも付き合うさ。だからバッドエンドなんてありきたりなものじゃなくて、あたしの思い描くハッピーエンドへと変えてみせる。
どんなハッピーエンドがいいかな。シャルルと冒険者になって世界を回って旅人になるとか、魔法を極めて魔女っ子お嬢様になるのもいいか。
「な、なにをぶつぶつと言ってますの、私はシャルル様とただ穏やかに過ごせればいいのですわよ。ねぇ聞いてますのモモカ。モモカ? モモカ!?」
幽霊の囁きが聞こえるけど、これはあたしの疲れからくる幻聴だろう。
あたしは助言を無視するのに定評があるらしいからね。
「モモカ! 頼みますから、私の二の舞だけはやめてくだいませ~~~~~!」
終わ……れないですよね。
少々お待ちくださいませ。一週間程更新休憩した後に終わらせますので、何卒ブックマークをしてお待ちください宜しくお願い致します。
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