御姉様お嬢様グウェンドリン
御姉様………勝っちゃいましたわ。
いえ御姉様の事を信じていなかった訳ではないのです。もちろん応援もしていましたわ。
御兄様に重圧をかけて、取り乱す姿を見せてくれるはずだったのに、御兄様はまるで御姉様みたいに気丈に振舞いましたのよ。同じ女性から生まれた者は、同じ性質を持ちますのね。私とお母様と同じですわね。
そのお母様に同点だった場合のルールの欠点と、変更のヒントを差し上げたら、まるで自分で考え付いたように喜んでいましたわね。ルールを変更せずに、総合の拍手の量にしておけば介入の余地が合ってまだ勝敗が分からなかったもののお馬鹿さんですわ。
お母様は浅いですわ。御姉様の事を分析なさっているようですが、御姉様の陰を見ているだけですわ。お母様の青春の陰の清算だけでは、御姉様は理解できませんのよ。
御姉様は自分の自尊心の為ならばどんな逆境にも立ち向かってきます。私はそんな御姉様を信じられる。
どこまでの逆境なら、どこまでの痛みなら、どこまで傷ついたのなら、立ち向かわなくなりますの。最期の最後まで御姉様は御姉様のままでいられますの? 気になりますわぁ。
私は御姉様の事を深く知っている。強さも、美しさも、心の在り様も、もちろん弱点も。
私ほどの御姉様を信仰している人はいませんわよ。御父様は自主性を重んじすぎています。御兄様も私から見ればまだまだです。フィリップ様も上辺だけですし、ヴィクトルに至ってはエンターテインメントとしてか見ていませんわ。
誰も御姉様を知らないのですわ。
だから………だから、御兄様とヴィクトルが現れなかった時に、絶望の淵に立たされたような顔をした御姉様は誰?
あれは御姉様がしていい顔じゃない。あれは御姉様ではない。あんなのは御姉様とは認めない。
その後にどこを見ていたのです。何もないダンスホールの虚空に希望を見出していた。
光に誘われるように移動しましたわね。
私は知っていますわよ。あれは御姉様に惹かれる時の顔。
御姉様自身が、御姉様に惹かれた? ありえない話です。御姉様がシャルル様に婚姻を申し込まれたせいで、私の頭も混乱しているのでしょう。
今後も注視して御姉様を観察していきましょう。
もしも、もしも御姉様が私の知っている御姉様ではないとすれば………冒涜行為ですわね。
御姉様を冒涜したらどうなるか、私が実刑に処してあげますわ。
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愉快だった。
実に愉快だった。
魔力を乗せて私の胸を穿った時、痛みよりも、強い期待が胸ひしめていた。
お嬢様は私の魔力を根こそぎ吸い取る勢いの魔力保有量を有している。鍛え上げればいずれは魔法も使えるのだろう。お嬢様は魔術と魔法に関してはそこまで関心はあらせられないと勘違いしていたが、どうやら興味があるようだ。
私の頬に口付けをした時、アルコールを蒸発させる魔術を発動した。常人ならば蒸発する時の熱で倒れてもおかしくないが、お嬢様はそうはならなかった。無意識化の内に魔力で身体を守ったのだ。お嬢様は私の火を得意とする魔術とは反発する水に関する魔術を得意とされているようだ。それも相まって、ただアルコールを抜く行為ができたのだろう。
つまり、お嬢様は魔術師としての適性は抜群にある。
ダンスと美貌と権力以外の力。魔法という画一的な力を手に入れたお嬢様は、その力をどう扱うのだろうか。
シャルル様とご婚姻なされて、確固たる地位を持ったお嬢様。この世界の力の指標を全て手に入れたお嬢様は何を成さるのか。………楽しみでならない。
この胸に集まる想いはときめきだ。
私は初めてときめいている。これまでの人生の中で誰かに心ときめくことなんてありもしなかった。さめざめとして窮屈で退屈な世界だった。先行く道なんて暗くて無いに等しかった。だがお嬢様が無い道を作り上げてくる。足元を光照らして先導してくれる。
しかしこのまま私がシュザンヌの専属執事であれば、置いて行かれてしまう。
もうあの女は私にとっては用済みであり、あの女からしても私は用済みだろう。
お嬢様を共に観察する仲間を見つけるべきなのかもしれないな。
お嬢様と縁があり、お嬢様を崇め讃えるようなお人が良い。
カミーユ様か………フィリップ様か………いやこの二人は崇めてはいない。欲している。だったら残るはやはり彼女であろう。
彼女と共にお嬢様を見届けよう。
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目の前で倒れてきたグウェンドリンをボクは受け止めた。
女性に近づき、触れれば、肌が泡立ち寒気がするはずだったのに、彼女は正常なボクの腕に治まって寝息を立てていた。
やっぱりボクは間違っていなかった。彼女があの時の少女だ。
あの野山は確かにラインバッハ家の管轄地域にあった。もしかしたらとグウェンドリン嬢を調べてみたが、野山を散策するなんて趣味は一切なかった。粗暴な話し方でもなく貴族令嬢として振る舞い、あの時の少女の面影は美しい見た目だけだった。もしも間違っていたら、彼女が母のような人間だったら、ボクは巻き付かれて絞められて生命を絞り尽くされるかもしれないと恐れて、確認まで至る事ができなかった。
社交界を開くのは母上に言われるがままに従っているからだ。このダンスホールはもしかしたらあの少女が偶然にも現れるんじゃないかって妄想に耽っていたのを現実にしたのだが、半分の目的は王宮から離れた場所にボクだけの庭が欲しかった。
裏庭では庭師と共にボクが育てている花や野菜がある。ダンスには興味があるが、社交界に興味が無い為に、顔を覗かせなければいけない終わり間際までは、見た目と名前を偽って裏庭で至福の時間を過ごすのが恒常的になっていた。
裏庭でグウェンドリン嬢に出会った時、初めて見る訳ではないのに、何故かあの時の少女の面影が重なった。彼女はどうしてかボクにダンス勝負を見て欲しいと頼んできた。
今までの彼女のダンスは見ていて洗礼されていて美しい。共に踊っていたヴァロウヌ卿もまた彼女と並び立つくらいに洗礼されていて誇らし気だった。ただボクから見ればちぐはぐのような関係に映っていた。
カップルが変わった彼女は一体どんなダンスをするのだろうとは興味があった。ワルツは姉弟の尊さを表現しているようだった。ルンバは何か彼女らしくなかったが、一方的な愛を拒絶しているようで面白くはあった。
最後の足を使ったダンス。アイリッシュダンス。ラリア皇国よりも北にある海を渡った国から伝わったダンス。あの足を使ったダンスがそう呼ばれているのは学んだのだ。少女を追いすぎて、ダンスの知識はある。
あの時踊ってくれたのよりも、さらに高度な技術が組み込まれて、会場全体を魅了していた。一人で踊っているはずなのに、まるで目の前にいる誰かに見せつけるように、そして心から楽しそうに踊っていたのだ。だからボクも合わせて全員が彼女の虜になったんだろう。
彼女が踊り終わると、ボクは二階席から立ち上がり、駆けてダンスホールまで移動した。
君に伝えたいことがあるんだ。
君とやりたいことがあるんだ。
君は知らないかもしれないけど、ボクは君を待ち望んでいた。
腕の中で眠る君に誓うよ。一生君を手放さないと。




