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異母と嫌がらせと眼帯執事と(2)


「こ、怖かった~」


 緊迫した状況が終わったので大きく一息をついて肩を落とす。まだ肩に圧が乗っている気がするので払っておこう。


「いやー肝を冷やしましたよお嬢様」

「……あ、あたしか。えーっと」


 お嬢様と呼ばれ慣れていなさ過ぎて、話しかけられていると気がつかなかった。それにこのちょび髭コックさんの名前も知らない。


「シェフのジョンですわ」


 いつの間にか背後に移動してきていたグウェンが呆れながら教えてくれた。


「ジョンさん! も、変な注文つけられて大変だね」


 そんなことを言うとジョンさんが目を丸くさせた。


「まさかお嬢様のお口からそんな言葉を頂けるとは……あ、いえ決して普段は人を褒めないとか思っている訳ではなくてでしてね」


 もしかして労いの言葉をグウェンは言わないのか? 使用人は仕事をして当たり前みたいな価値観なんだろうなぁ。と、背後にいるグウェンをジトーッと見る。


「な、なんですのよ。私だっていい仕事をしたら褒め言葉の一つや二ついいますわ」


 とかなんとか言われたが、自称なので信じるに値はしなかった。

 

「気にしてないよ。あ、あたしの今日の晩御飯皆と同じようにしてね。あと、また同じような事があったらすぐにあたしに言いに来て」


 ジョンさんに視線を戻して言うと、はたまた驚きの表情をされた。


「……ですがシュザンヌ様にバレればお咎めがどんなものか」

「大丈夫、全部あたしのせいにすればいいの。無理やり命令されたとか、勝手に変えられたとかなんとかあるじゃない?」

「それだとまたお嬢様が・・・」

「いいのいいの、慣れっこだから。それじゃあ後よろしくね」


 ポカンと口を開けたジョンさんに手を振ってから厨房を後にする。

 これでアレルギー物質を口にしなくて済む。あのおばさんに小言を言われたところであたしの心はさざ波程度にしか揺らがない。理不尽だとか不条理だとか、それらを被った時は流石に応えるかもしれないけど、その時はその時だ。


 結局グウェンの言う通りに、あの人と仲良くするのは骨が折れるかもしれない。

 表面上だけでも仲良くできたらなとの淡い期待があったが、シュザンヌがグウェンに対してかなり根の深い部分まで嫌悪感で満たされているように感じたのだ。十数年の確執の深さは伊達ではないということかな。


 シュザンヌのこともあるが、あの眼帯イケメンが気になる。

 見た目爽やかイケメンのくせして、通っていた道場にいた師範と同じ野性的な雰囲気を感じるのだ。


「ねぇあの眼帯イケメン執事が言っていた精鋭護衛ってやつ?」


 後ろにいるグウェンは思いつめたように俯いて答えてくれなかった。


「おーいグウェン? どしたの? 実はキノコ食べたかった?」

「た、食べたくないですわ!」


 グウェンの目の前で手を振ると、我に返ってくれた。


「じゃあオカアサマも撃退できたんだしもっと喜んでよ。これで死を回避するのに一歩近づいたんでしょ?」

「そ、そうですわね。よくやりましたわモモカ」

「なーんかその言い方は違うな。偉そうだ」


 腕を組んで頷いて言うもんだから余計に偉そうに見える。

 やっぱり人を褒めたことないんじゃないか?

 

「偉そうって……ではなんと言えばよろしくて?」

「単純にありがとうで良くない? あたしとグウェンは上司と部下じゃないよ」


 関係性で言うと同一の目的を持った協力者だけど、ほぼ一心同体みたいなものなんだから、畏まった風に接し合うのもなしだと勝手に思ってはいる。


「あ…ありがとう…ですわ」


 言い慣れていないのか照れていた。こいつ実は素直で愛い奴なのではないか。


「に、ニヤニヤしないでくださいまし!」


 顔に出ていたようだ。その反応も微笑ましいったらありゃしない。


「 そ、そうですわ。ヴィクトルのことでしたわよね。モモカの想像通り、ヴィクトルはあの女狐の専属執事ですわ」


 恥ずかしくなって先程の話題に戻るグウェン。可愛い奴め。


「専属執事が精鋭護衛兼ねてるんだ。兵隊さんあがりとか?」

「女狐の故郷で拾ってきた人材で、その頃は農家だったらしいですわ。どうして兵隊ですと?」

「あの人足音無いし、めっちゃ怖かったから」


 あれで農家なのか。でも一般兵士って大体農民だし、ヴィクトルが出兵していた可能性もあるか。

 そもそもこの世界は魔物がいないから、人と人との戦いしかないんだよね。


「言われてみるとヴィクトルの足音を聞いたことがありませんわ! モモカ貴女観察眼凄いのですわね! あ、それとも見惚れていたのですこと? ヴィクトルは顔はよろしいですから、見惚れるのも恥ずかしくない事ですわ」


 注意して聞こうとしてなくても、違和感くらいは生まれるだろう。と反論しようと思ったけど、普段はシュザンヌの足音と重ね合わせていたならば違和感もないのかもしれない。達人なら呼吸を合わせるのも簡単だって師範が言っていたような気がする。


「まぁ顔は良いよね、顔は」


 アイドル顔負けと言うのは大言壮語かもしれないけど、あの顔を毎日見れるなら眼福かもしれない程にはイケメン。だけど第一印象が怖いで固定されたので、喋らなければイケメンだとかじゃなく、黙って立っていたとしても怖い。


「ですが惚れてはいけませんわよ」

「惚れないよ」


 惚れようがないと言う方が正しいかもしれない。


「ならいいですわ。あの女狐に弱みを渡すことになりますし、それにヴィクトルに惚れた女子は悉く不幸に見舞われてしまいますわ」

「なにそれこわっ」


 心霊現象は大声を出せば紛らせるから大丈夫だけど、呪いとかの遠隔な不可思議現象は物理的に対処できないから苦手意識がある。


「ここに来る前の話ですわ。一目惚れした通行人は馬車に退かれ、好意を寄せて世話を焼いていた町娘は流行り病に罹り、婿養子にしようとした貴族は没落しましたわ。それもこれもあの右目が呪われているからとの噂ですわ」


 なんか…なんか思っていたほど怖くなかった。全て偶然で片付けられる出来事だよ。こういう噂話をこじつけたがる人っているよね。別に強がりで言ってる訳じゃないし、こじつけて怖さを中和しているわけでもない。


「でもシュザンヌは不幸に見舞われてなくない?」

「あの女狐がヴィクトルに惚れていたら、私が不幸を見舞ってこの家から追放させてやりますわ!」


 目に力強い意志を宿らせていうグウェン。父親以外と自宅で関係を持たれても困るもんね。ドロドロな家庭過ぎる。いやもう結構ドロドロな家庭かもしれないけどさ。


「それよりもモモカ、ヴィクトルの怖さがこれで分かりましたでしょう? 戦おうなんて思わない事ですわね」

「確かに分かったよ」


 呪いの話はともかく、ヴィクトルと対峙して酷く痛感したのだ。


「ふぅ、ようやく分かってくださったようですわね」

「あれと異能バトルはまだ経験値不足だね」


 そう。あたしには経験値が足りないのだ。あんな末恐ろしい男と戦うのは負けイベントをするのも同然だ。だから経験値を溜める。


「経験値が溜まっても戦おうとしないでくださいまし! こ、この方、何も分かっていませんわ~~~」


 頭を抱えたグウェンの悲痛な叫びとは裏腹に、この世界での異能バトルへの切っ先が見えたことに、あたしはちょっと興奮しているのであった。


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