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舞踏会と謀と第三皇子と(13)

「えー、二組のダンスが終わりました。とても素晴らしいダンスを披露して頂き誠にありがとうございました」


 フィリップ達も中央に戻ってきてから、結果発表と同じ立ち位置で司会者が話し始めた。


「では、結果発表! と、いきたいのですが、グウェンドリン様のダンスがテンダンスではないと協議され、失格とさせて頂きます」


 ハキハキとした発言だから聞き逃すことはなかった。だからこそ異議を唱えた。


「は? だってあれ………ダンスじゃん!」

「………社交界ではテンダンスと呼ばれる種目しか認めないのですわ。アイリッシュダンスは含まれていませんわ」


 グウェンが変わりに答えてくれても、あたしの異議は変わらない。


「ダンスはダンスでしょ!」

「ダンスですわよ! 御母様が愛したアイリッシュダンスですわよ! ですけど! ルールなのですわ……」

「そんな……そんなの酷過ぎるでしょ」


 口では我慢しているが、グウェンは服の裾をぎゅっと握りしめて震えていた。

 グウェンのダンスのルーツであり、母との大切な思い出。それがダンスじゃないと容易く捨てて踏みつけた。


 これもシュザンヌの謀の一部だろう。

 シュザンヌ。シュザンヌ・ド・ラインバッハ。限界だ。一度ならず、二度もあたしの運命共同体で大切な友人を傷つけやがったな。

 不条理だとか、理不尽だとか、なすすべない負に抑圧されて耐え忍んだ人間が、感情を持つ人間が、最後に爆発させる行動をお前は知っているはずだ。あたしに対してしたはずだ。今、全部返してやる。お前のその勝ち誇った笑顔のまま、一生硬直させてやる。


「ふざけるな! この僕を虚仮にしているのか!」


 あたしの隣にいるフィリップもまた我慢の限界で、二階席にいるシュザンヌに向けた怒号を放っていた。


「フィリップ様! 私達は勝ったのですよ!」

「ミミ、貴様はこんな勝利で満足なのか! ここまでダンサーとして虚仮にされて、貴様はこの先踊っていけるのか!?」

「………でも、そういうルールですわ」

「だったらこんな勝負になんの価値もない! 僕はこんな勝ちはいらない!」


 会場がざわついている。この隙に二階席に上がって、煮えくり返った気持ちをぶつけてやろう。


 あたしがホールから移動しようと一歩踏み出したら、更に会場がざわめきを起こして、ある一点を見つめていた。


 会場中の視線の先にはシャルルがいて、あたしの方へと向かって歩いてきた。

 全員が固唾を飲んで成り行きを見守っていた。


「マイクを貰えるか?」

「ど、どうぞ」


 司会者からマイクを渡されてシャルルは口を開いた。


「この勝負、グウェンドリン・ド・ラインバッハ嬢の勝利とする」


 会場中にどよめきが巻き起こった。


「シャルル様、えーっと協議の結果テンダンスではないということになっていまして………」

「だからなんだ?」

「うえっ………」


 司会者が助けを求めるようにシュザンヌを見たせいで、一同の視線がシュザンヌに注目を集めることになった。

 会場の全員から主張と説明を求められる視線に気圧されたか、シュザンヌが変わりにシャルルと会話を始めた。


「て、テンダンスではないので失格なのですわ」

「それは貴殿等が決めたことであろう?」


 間髪入れずに反論されてシュザンヌは一度唾を飲んだ。


「そっ、そうです。ですが、それがルールですわ」

「私は、勝敗の結果は拍手の量で決まる、と訊いていたのだが、私に伝えてきた私の部下が間違ったことを教えてきた。と言う訳か?」

「………い、いえ………それは………」


 言葉を考えているのか視線を彷徨わせるシュザンヌに、シャルルは声を大きめにして返した。


「間違いなのか、間違いでないのか、どちらなのだ?」

「まっ間違いありません!」

「そうか、では私の決定は覆らない。どちらのダンスがより多くの拍手を貰ったかは、ここにいる貴殿等が証人であろう。シュザンヌ・ド・ラインバッハ。貴殿がこの勝負の責任者であるな?」

「は、はい」


 どうやらシュザンヌが全責任を負っていたらしい。いや………もしかしたら違うのかもしれないけど、第三皇子であるシャルルの前で下手な嘘をつけなくなってしまったのかもしれない。どちらにせよ、シャルルの圧迫するような詰問でシュザンヌは怯んでいる。


「では宣言せよ」

「宣言………ですか?」

「協議の結果は間違いであった。ならばせめてもの償いで宣言くらいしたらどうだ? それとも何か、責任者たるものが責任を放棄するつもりか?」

「うぐっ………ぐぐっ………」


 下瞼をひくつかせながらシュザンヌが唇を食いしばってあたしをねめつけてくる。


「グウェンドリン・ド・ラインバッハの勝ちだと思う者は拍手を………」


 会場中にわっと花が咲くような拍手が巻き起こった。


「この勝負………グウェンドリン・ド・ラインバッハの勝ちとしますっ!」


 宣言したシュザンヌは大きく肩を落として、乾いた笑いを漏らしていた。


「勝った……?」

「勝ちましたわ……勝ちましたのよモモカ!」


 混濁とした気持ちのせいで勝利を受け入れられていないあたしに、喜びの抱擁をしてくるグウェン。 


「やりましたわ! やりましたのよ!」

「やったの? やったのかな………」

「モモカ、不敬。ですわよ」


 この場にいる人間の心を動かしておいて自惚れないのは………確かに不敬だ。


 あたしは膝をと身体を曲げて。


「やった~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」


 全身に入れた力を解き放つように両の拳を上げて天を仰いで一人の勝鬨を上げた。


 勝鬨はホール一帯に響き渡って、反響していた。


「モ、モモカ、淑女の振る舞いで」

「なに? 何か言った?」


 自分の反響する勝鬨に聞き惚れていたので、グウェンが何と言ったのかを聞き逃してしまった。


「………まったく今回だけですわよ」


 よっしゃあ! 見たかシュザンヌ! あんたの謀なんて関係なく、グウェンのダンスは人の心を動かすんだよ! これから何度でもあんたの謀を伐ってやるから! とにかく今はざまぁみろだばーか!


「グウェンドリン嬢」


 心の中で様々な悪態をついていると、数歩離れたところから声をかけてきたのはシャルル。

 あたしは冷静さを張り付け、振り返って返事に答えた。


「な、なんでしょう?」

「貴女に心を奪われた。私と婚姻を結んでほしい」


 皇子様が片膝曲げてあたしへと求婚を申し出ていた。

 たった一人の幽霊だけを除いては誰もが耳を疑ったはずだ。


「えっ……えぇ!!!」


 今度はあたしが注目の的であった。第三皇子であるシャルルに求婚されて、どう返答するのかだけを期待されている。


 どうして求婚をって聞き返すのは野暮だ。だって前の理由がグウェンのダンスで魅了されたと知っている。だから今回もあたしのダンスで心を掴んだことになる。それは微かに信じられないことだけど、耳の奥で鳴りやまない拍手が証明であった。


「フィリップ殿との婚姻は、フィリップ殿が先程いらないと申していたので気にすることもないはずだが………」


 あれ勝負云々がいらないって意味で、あたしとの許嫁関係とは違うんじゃないかな………。当の本人も皇子様の求婚の前では割って入ってくることもできずに、何かを言いたそうにしているだけだった。


 そもそもあたしはこの求婚に対してやれることは一つだ。

 隣にいる乙女の顔した幽霊に身を渡してやりたかったが、それだと罰を受けそうなので、あたしがしっかりと受けておこう。


「よろしくお願いします」


 差し出された手にそっと手を置いた。


 やったぞ。舞踏会で勝ったし、シャルルとも婚姻できた。これで死の運命を回避するのに一歩前進だ。と、引き締め過ぎていた気を抜いたせいで、あたしの身体はどうやら限界を迎えたようで目の前がブラックアウトした。


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