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舞踏会と謀と第三皇子と(12)

「それで大丈夫なの!?」

「魔力欠乏症と診断されたので現状は命には関わりませんわ。だけど起きたとしても踊るのは無理ですわ」


 魔力をたんまりと補充したはずなのに、魔力がしっかりと循環していなかったのか。どれだけの魔力保有量があるんだこの身体。


「それにヴィクトルも動くことができませんわ」

「な、なんで?」

「御兄様を医務室まで運んだのがヴィクトルなのですが、そのヴィクトルも先程医務室で血を吐いて倒れていましたわ。なにやら胸に強い衝撃を受けて、胸骨が折れているらしいですわ」


 ぼんやりとしか覚えていないけど、あたしが酔って殴った時の怪我だろう。あたしの馬鹿力がこんなところで発揮されなくてもいいじゃない。


「じゃああたしはカップルがいない……」


 あたしが引き起こした厳しい現実を言葉にしてしまうと、ネェルの顔がしゅんと曇った。


「ごめんなさい御姉様、私が踊れれば………」

「ネェルは何も悪くないよ。知らせてくれてありがとう」


 元気づける為に肩を叩いてあげる。 


 全ての元凶は。

 二階席で勝利を確信した恍惚な表情で笑っているシュザンヌだ。


 具体的な対策も思いつけずに、フィリップ達のダンスが終わった。


 捌けてくるフィリップとミミと入れ違いで、あたしはダンスホールにとぼとぼと向かう。


 あたしと一緒に踊る相手は誰もいない。

 くそっくそっくそっ! ここまで来て、こんな終わり方なの!? あたしの想いも、グウェンの想いも、カミーユも、フィリップも、ヴィクトルも、ネェルも、イザークも、託された全ての想いを理不尽にまで踏みつけられて、何もできずにここで歯を食いしばって観ている事しかできないの!?


 あの女にいいようにやられて終わりなの!?


「いつまでもどこ見てますのモモカ。踊りますわよ」


 今まで後ろにいたグウェンがあたしの身体を通り過ぎて、前を歩いて行く。

 一瞬前につんのめりそうになったが、体勢を立て直した。


「踊るって………あたしのカップルはいないんだけど」

「モモカ、貴女勝負事、好きでしたわよね?」


 カツカツカツと、足音を鳴らしながらグウェンはダンスホールの中央へと移動する。


「好きだけど……」

「でしたら、私と勝負ですわ」


 恐れを知らない表情であたしに向かって手を差し出した。


 さっきまでグウェンの脚は透明に揺らいでいたのに、今はくっきりと足元まで見える。それにグウェンは空中浮遊ではなく、歩いて移動していた。何が起こっているかも、グウェンが何をしたいのかも分からない。だけど、仕掛けられた勝負は受けて立つのが、あたしの性。


 裏庭でかけてもらった言葉を思い出す。


 共に死の運命を回避しよう。


 丸まっていた背中を伸ばしてダンスホールの中央へと移動し、グウェンと正面切って対峙する。


「手加減はしませんわよ。しっかりとついてきなさいな」

「誰に物言ってんのよ。種目は?」

「アイリッシュ。と、叫びなさいな」

「アイリッシュ!」


 楽団に向かって指さして叫ぶと、楽団全員が顔を見合わせた後に準備を完了させた。


 曲が始まる前にグウェンが右足の爪先辺りで二回床を叩いて、左足で軽く飛んで着地して、また右脚で一度床を踏んだ。


 真似てやってみると、グウェンよりかは快活な音はでなかったが、心地が良い音が出た。


 あたしのステップが音楽の開始となって、間を置かずに今度はグウェンが左足で飛んで着地した時に二回床を叩いていた。もちろん真似はできるので、やってみせる。

 今まで習ったダンスとは違ったダンスだ。おそらくだが、グウェンはこのダンスの基礎を教えてくれたのだろう。


 グウェンは最初のステップをテンポを速めて連続でした。

 

 ステップを見てから、グウェンの表情を見る。相手の動きを見て、相手の全体を見て、そして顔の筋肉から動きを予測するのは格闘技の癖だった。


 あたしも負けじと応戦すると、グウェンは喜色を浮かべた。


 そこからはチュートリアルは終わったようで、手加減無しのピアノの連弾のように床に足底を打ち付け始めた。


 どんなテンポだろうと、どんな叩きつけかただろうと、見様真似ができるあたしは遅れまいと、負けまいと、食らいつくように必死についていく。


 次第にグウェンと同じような快活な音が出るようになり、グウェンがしそうであろうステップを先読みして、鼻っ面に攻撃をしかけたりもできるようになった。


 グウェンも同じようにあたしの出そうとしているステップを読んできて、いつしかグウェンのステップの音とあたしの音が重なり合い始める。


 快活な音に高揚した観衆達もテンポに合わせて拍手をしている。


 音が完全に重なり合った時、あたし達も一つになったんだ。 


『楽しいですわね』


 対面で楽しそうに顔をほころばせるグウェンの声が口を動かしていないのに聞こえてきた。


『うん、楽しい!』


 あたしも思いをぶつける。これは………感情が極限に昂ったあたしとグウェンの思念が会話しているのだろう。


『モモカ。これがダンスを楽しむ醍醐味ですのよ。ダンスは心の体現。自分らしく、そして自分の身体が一番踊りたいと願う動きをするのですわ!』


 グウェンがステップを緩めずに違うバリエーションのステップを披露する。一見ではどうやって心を掴む音と足捌きができるのかは理解できなかった。おかげで見様真似が初めてできなかった。それだけ高度な技術であたしを虜にした。


 だからあたしはグウェンの挑戦を受けて、見様見真似ではなく、あたしなりのステップを踏んでみせる。

 挑戦状を叩き付け返してやると、グウェンは楽しみの表情を顔一杯に滲ませた。


『やりますわねモモカ! それでこそ私の見込んだ(ライバルですわ!』

『そっちこそ! あたしが求めていた最高の好敵手だよ!』


 これはあたしとグウェンの殴り合い。

 どちらが一番ダンスを楽しんでいるかと、表現できるかの殴り合いなのだ。


 楽しい!

 楽しい楽しい楽しい楽しい!

 

 もうグウェンの真似ではなくて、この享楽を体現したがっている身体が、溢れ出てくるイマジネーションと共に踊りたがり、踊っている。


 心も体も踊りたがっている!


 この止め処なく溢れる思いを、全てグウェンにぶつけてやろう。グウェンならば受け止めて、また大きな喜びとして返してくれると信頼できる。きっとグウェンも同じ思いのはずだ。


 周りの事なんて関係ない。勝ち負けなんて結果であっていい。今はあたしとグウェンだけの時間で、ダンスの悦楽にずっと浸り続けたい。


 どれくらいの時間が経ったのか………いや、たった二分間も経っていないのかもしれない。永久に続いて欲しい時間は終わりへと向かっている。


 あたしとグウェンのヒートアップしたステップと、それに合わせてテンポも上がる音楽も、手が赤く腫れかねない程の拍手らも、絶好調の頂点へと到達した。


 ダン! ダダン!


 お互いに相手を指さして自身と満足に満ちた顔で踊り終えた。


 あたしとグウェンの肩でする呼吸音しか聞こえなかった。

 誰かがポツリと湧く様な拍手をした。それが次第に波紋のように広がっていき、会場一帯が拍手の海に包まれた。


 誰も彼もが、あたし達の踊りに拍手をくれていた。この拍手は金や名誉でしている拍手じゃないってのは、中心にいて浴びているあたしとグウェンには明々白々だった。


 あたしでも………誰かを感動させられるんだ。


「勝敗は、どう思いますの?」


 感動を含む、ありとあらゆる感情のせいで目尻に涙を浮かばせて、拍手の海で泳ぐように周りを見ているとグウェンがやりきった表情を弛緩させずに訊ねてくる。 


「勝敗?」

「私とモモカの勝負と言いましたわ」


 そんなこと言ってたな。楽しすぎて忘れてたわ。


「あぁ、うん。どうだろ………楽しかったじゃ………駄目?」

「全く負けず嫌いですわね」


 勝ち負けよりも楽しかったのだ。本音なのに呆れたように笑われて言われた。


「べ、別にそういう訳じゃ――」

「分かっていますわよ。今度はもっと楽しみましょうね」


 グウェンは満足気な笑顔をしていた。


 あたしも憑き物が落ちた笑顔を返してやった。


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