舞踏会と謀と第三皇子と(11)
「では見事勝利したフィリップ様にインタビューをしてみましょう。フィリップ様、御心境は如何でしょうか?」
軽薄そうな司会者の女性が床を見つめたままのフィリップへとマイクを渡した。
「フィリップ様?」
中々答えない様子のおかしいフィリップの表情を確認するために、司会者は訝し気に覗き込んだ。
「とめない」
「も、もう少しお声を張ってください」
マイクに乗らないくらいの声量で耳打ちする。
「認めない」
「は、はい? 認めないとは……どういうことでしょうか?」
「こんな結果は認めないと言っている」
顔を上げたフィリップはいつもの微笑を振りまくような表情でもなく、他人を嘲笑するような表情でもなく、かっ開いた目に力と怒りを入れて純白の歯を剥き出しにした凶暴な表情であった。
「あ、あのフィリップ様? 結果が不服と仰っています?」
「そうだ。ここにいる者達は、グウェンのワルツが劣っていたと感じていたのか? なぁ、君はどうなんだ?」
マイクを剣先のように向けられて、司会者は半歩引いて答えた。
「うえっ……わ、私はフィリップ様のワルツの方が個人的に好みでしたね、あはは」
「感性が腐っているのか貴様」
フィリップに睨まれた司会者はニヤけさせた表情を固まらせてしまう。
「僕は踊りながらでも俯瞰視点でグウェンがどんなダンスをしていたかを見ることができる。僕達とのダンスと奇しくも同じ構成だったが、技術、展開、表情、そして社交ダンスにおける最も大切な思いやりと協調性。これらを僕達よりも優れていた。なのに僕達よりも格下の評価だと? 貴様ら、社交界に出ている人間として恥ずかしくないのか!?」
マイクがキーンと高鳴って、それ以外の音を拾わない程に会場中は静けさに包まれた。
「僕はワルツの結果発表のやり直しをここに要求する! 今度は自分の意志で、社交界にいる貴族たる志を持って拍手をなされることを祈っている」
マイクを司会者に押し付けるように返してから、フィリップはあたしの方へと視線を移動させた。
性根が腐った奴とか陰口言ってごめんなさいだね。
どうやら、まだ終わっていないらしい。
「え、えぇっ………」
司会者は助けを求めるように、視線を泳がせて色んな人物に確認をとっていた。その中にはもちろんシュザンヌもいる訳で、鬱陶しそうに承諾していた。
「フィリップ様の異議申請により、再度、ワルツの投票に移りたいと思います。で、ではフィリップ、ミミペアから」
あたしの耳に聞こえる拍手の量。この時点で勝敗は喫していた。
「では……カミーユ、グウェンペア」
拍手の量が逆転した。あたし達へと送られる拍手の量が七割を超えていた。
大声でやったー! と叫びたいのを我慢して、その場で拳を強く握りしめた。
喜びの表情でグウェンに報告すると、柔和に微笑んでくれた。
「しょ、勝者はカミーユ、グウェンペアとなります! えーこの場合は………」
司会者が同点になった時の説明を始めようとした時、観衆の中から一人の使用人がやってきて、司会者とひそひそと密談し始めた。
暫くして、話が纏まったのか使用人は観衆の間に帰って行った。
「えー、おほん。同点の場合、本来はワルツとルンバを合わせた総合の評価を頂く予定でしたが、急遽ですが、もう一種目、どんなのでもいいので踊って頂くことになりました。更になんとなんと我が国の第三皇子であられまするシャルル・ド・ラリア皇子様もご参加戴けるとの事です!」
スポットライトが二階席の特別に作られた中央席に向けられると、そこには銀髪をオールバックにした男性が頬杖をついて座っており、全員の視線を受けて、空いている片手をあげて応対した。
遠目でもアルに似ているように見えるけど、雰囲気が全く違う。アルがラノベ主人公ならば、あそこにいるのは邪知暴虐な皇子。真反対の雰囲気だ。
あれが本当にシャルルなんだ。あたしとグウェンの好みも真反対みたい。
「ではお二組とも、どの種目で踊るか申告してください」
「え、今? 準備は?」
「申し訳ありません。お時間が差し迫っていますので」
この勝負の時間はイザークが十分に取ってあるはずだった。これもシュザンヌの策略の一つだろう。
「じゃあ僕達はルンバだ」
「あ、あたし達はえーっと」
「御姉様、大変ですわ」
どちらかが来ない限り種目を決められないので、待っていると控室側からパタパタと足音を鳴らしてネェルが慌てて近寄ってきた。
「どうしたのネェル」
急いで駆けてきたのだろう、ネェルの息が整うのを待つ。
「御兄様が昏睡状態なのですわ」
あたしよりもグウェンの顔から血の気が引いていった。
「は? なんで、どうして!?」
「御姉様がお色直ししている間に倒れられたのですわ」
だからルンバの前にいなかったのか。酔っているせいで深刻に考えられなかった。
「そんなの聞いていない」
「倒れた時に意識はおありでしたの、ですが御姉様に報告なさらぬよう口止めされていましたの」
あたしの踊りの妨げにならないように隠してくれていた。なのにあたしは無様にも醜態と痴態を晒して終わった。信じて送り出してくれたカミーユには顔向けできない。
「何やら問題が発生したみたいだね。いいよグウェン、僕達が先に踊ってあげるから、その間に解決しなよ」
「助かるけど………いいの?」
「先程の詫びだ、これで貸し借りは無しだよ」
まったく気障な奴から粋な奴に格上げしたくなる男だ。
「ありがとうフィリップ」
「あ、あのフィリップ様? 勝手に試合形式を変えられては………」
「僕達二人が了承しているんだ。部外者が勝負事に口を出すんじゃあない」
あたしに話しかける時はいつもの感じなのに、司会者にだけは怒りの面で対応していて、司会者は小さく悲鳴をあげた。
「ひっ………りょ、了承致しました。で、ではフィリップ、ミミペアのルンバから踊って頂きます」
またフィリップの傲慢さに助けられたが、これでお相子らしい。
曲が始まる前にあたしとネェルは控室の前まで捌けた。




