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舞踏会と謀と第三皇子と(10)

「あんたよくもやってくれたわね」


 控室に帰ってくるやいなや、今度はあたしがミミに詰め寄っていた。


「にゃっ……な、なんの話ですの」

「へぇ……あれだけ派手な事をしておいてとぼけられるんだ。良い根性してるね」


 拳をグーパーしながら圧をかけると、ミミは顔を青ざめさせていた。


「よさないかグウェン。自分が醜態を見せたからって八つ当たりは余計に醜いぞ」


 カップルらしく庇うように間に入って来たフィリップの発言に血圧が上がった。


「はぁっ!? どの口が言ってんの!? そもそもフィリップ、あんたもグルなんでしょ。あたしが酒に弱いってのを知っていて、引っ掛けてきてさ! そんなに正々堂々と戦うのが怖い訳!?」

「酒? 何を言っているんだい? ………確かにさっきの無礼は謝罪していないが、君も衣装を着替えたし、ダンスとは関係ないだろう」


 これ以上しょっぱい発言されたら血管切れちゃいそう。


「関係ないかはどうか、あんたの後ろにいるミミに訊いてみなよ」


 顎で指示するとフィリップはミミへと方向転換する。


「どういうことだ?」

「あ、あの………えっと………」

「どういうことだと、この僕が問いかけている。ミミ・ド・ジラーリュ嬢」


 威光が宿った目で再度問うと、ミミは観念したのかがっくりと肩を落とした。


「ひ、控室にある水をかけて衣装を台無しにしろって………」

「誰に?」

「うにゃ………い、言えない。け、けど、グウェンがお酒に弱いのも知らなかったし、あれがお酒なんて知らなかった!」


 怯えた目で肩を震わせながら訴えてくる。裏に誰がいるかは黒塗りしても隠せないので、ミミの訴えを受理してやろう。


「お酒って知らなかったのは許す」

「にゃっ!?」


 あたしはフィリップよりも一歩前に出てミミの下顎を掴んで、親指と人差し指を頬に埋め込み、ひょっとこのような顔にしてやる。


「だけど衣装を汚した罪は償ってもらう。もしも逃げたら………」

「に、逃げたら?」

「処刑台に吊るす」


 怜悧な雰囲気を身に纏い語調を強めた。


 手の中の顎がガクガクと震えている。その振動で目に貯めた涙がほろりと零れ落ちていた。


「な、なんでもする! なんでもするから許して!」


 脅しとグウェンの怖い顔がよっぽど効いたのか、罪人のように許しを懇願するミミ。


「何でもって言ったね?」

「はい! なんでもします!」

「じゃあ今度は正々堂々勝負してね」

「ふにゃ? 正々堂々?」

「できない?」

「できます! やります! やらせていただきます!」

「よし、じゃあ約束ね」


 掴んだ手を離して頬を優しくポンポンと叩いてやる。


「甘いですわねモモカ、甘々ですわ」


 じゃあグウェンはどうしたかったんだ? と視線を送る。


「私でしたらもっと上手くなってから正々堂々勝負しなさいなと言いますわね」


 流石は気遣いのできる悪役令嬢だ一言多い。


「あの女……僕が……この僕が……お膳立てしてもらわないと、グウェンに勝てないとでも?」


 フィリップは一人の世界に入っていた。

 勝負に水を差されて怒る気持ちは分からなくもない。ただシュザンヌと共謀しているのだから、フィリップからすれば、勝ちとの結果があればどうでもいいんじゃないか? その為にカップルを解消したんじゃないのか?


 もしかしてダンスでは正々堂々を貫こうとしていた?


 あたしが変な事を考えていると、結果発表をするので、ダンスホールへと来いと呼ばれた。

 

「さぁ! では皆様! どちらのダンスが良かったかを拍手でお願い致します」


 あたし達とフィリップ達の間に司会者であろう女性がマイクを持って進行を始めた。ずっと疑問だったんだけど、なんでマイク持ってんの? ………魔術かな? 魔術だろう。余計な事を考えずに結果発表に身を入れよう。


「先ずはワルツのフィリップ、ミミペアから!」


 司会者がフィリップ達の方へと手を上げると、会場の五割が拍手をしていた。

 むぅ中央を譲る譲らないにしても、どうやら出来は良かったのかもしれない。だが五割程度の拍手なので、残りの五割とするなら、同点になる。


「ではカミーユ、グウェンドリンペア」


 拍手は五割もなく、三割程度だった。あたしはあたしの耳を疑ったが、どう聞いてもさっきの拍手よりも少なかった。


「ワルツの勝者はフィリップ、ミミペア!」


 司会者の宣言で勝敗を突き付けられたあたしは、グウェンを見れなかった。あれだけ頑張ったのに、絶対にフィリップ達に勝つ自信はあったのに、こんなにも差があったのだ。あれだけ豪語しておいてグウェンにどう顔向ければいいのよ。


「ルンバのフィリップ、ミミペア!」


 今度は七割が拍手していた。それもそうだ。途中まで酔っていたし、ステップさえもミスしてしまっていた。誰も魅了することはない独り善がりな踊りになっていたに違いない。ルンバは負けたとは思っていた。だから、だからワルツだけは勝ちたかった。


「ジョン、グウェンペア!」


 まばらな拍手だ。そこまで酷かったのか。


「結果は、フィリップ、ミミペアの勝利です! おめでとうございます!」


 負け。敗北。敗退。劣敗。負けを意味する単語で頭が埋め尽くされていく。


 フィリップ達に向けられた拍手の音が遠のいていく。


 ワルツは絶対に勝ったはずだ……驕りじゃない。それにたとえ負けたとしても、あれだけの拍手の量は少なすぎる。退場する時もこちらに流れがあるのを肌で感じていた。だからこそカミーユも勝った後の事を本心から言っていた。

 こんなの観客を取り込まないと起こり得ない。


 観客を……取り込んだ? そんな馬鹿な、それは途方もない根回しと、途方もない時間と努力を惜しまずにつぎ込んでもできないことだ。

 あたしは審査員がシュザンヌに買収されないように、勝敗の結果が観客全員の拍手の量で決まるように提案したんだ。その先も見据えていて、観客を少し買収して取り込んだところで、たかが知れていると軽んじていた。


 シュザンヌはあたしの想像を超えてきた。

 

 茫然自失としながら二階席にいるシュザンヌを捉えた。


 笑っている。口角を吊り上げて、歯を見せて、敗北者を見下して、愉悦に浸っている。


 シュザンヌの執念の強さを理解できていなかったあたしの負けだ。


 負けた。終わってしまった。

 ごめん、グウェン。約束、守れなかった。

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