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舞踏会と謀と第三皇子と(9)

 着替えもお色直しも終えて、控室に戻ってくると、誰もいなかった。

 あの二人はまだ揉めているとして、カミーユはどこへ行ったのだろう、観客席からではなくてもっと近くで見て欲しかったんだけどな。あの成長した顔で見られているだけで力が湧いてくるってものよ。


「モモカ、体調はよろしくて?」

「んあ? 絶好調だけど、どしたん?」

「………いえお体に変わりがないのでしたらいいですわ」


 さっきの一連の出来事で心乱されているんじゃないかって心配してくれたのかな。


「心配性だなグウェンちゃん、ワルツもバッチリだったんだし、ルンバもバッチリ拍手を搔っ攫ってくるよ」


 拍手喝采とかけてみたり。


「ほ、本当に大丈夫でして?」

「だーいじょうぶ。てかあたしのカップル相手はどこ行ったの?」


 もう一度辺りを見回しても、控室にはあたしとグウェンしかいない。もう時間のはずだ。その証にあたし達は呼ばれた。


 仕方ないのであたしだけでダンスホールへと向かった。


 ダンスホールは異様な空気だった。だってあたしか立っていないんだもの。入場した時の拍手もなくなって、なぜあたししかいないんだとざわつき始めている。


 そこへようやくフィリップとミミが入場してきた。ミミは泣き腫らした目をしており、フィリップは手の甲に引っかき傷を作っていた。修羅場だね、ウケる。


 さて、残るはあたしの相手だけなんだけど、現れない。

 さっきはシュザンヌとネェルの間にいたけど、今はその場所にはいない。シュザンヌが悪い笑いをしていた。


 あたしは嫌な想像をしてしまう。あの眼帯男、すっぽかしたんじゃないか?

 特訓をしてあたしの信用を得て、本番で参上しないで、あたしに恥をかかせる算段だったのならば、この一向に姿を現さないのも頷ける。シュザンヌの専属使用人を信じたあたしが馬鹿だった。秘密を共有したのが間違いだった。あたしの馬鹿馬鹿。


 視界に映っていたシュザンヌの視線が、哀れなあたしではなく、控室の方を向いた。

 あたしもそちらへと視線を移動させると、周りの観衆もつられて移動させた。


 顔の四分の三を隠す勾玉型で隻眼仕様の仮面を被ったタキシード姿の男が立っていた。頭の中で二つ名を思いついたけど、ありきたりで、既存だった為になしだ。

 ヴィクトルはこちらへと歩いてきて、あたしの隣に立った。


「遅いじゃん何してたの」

「ドキドキしましたか?」

「動悸は激しいかも……って違うか!」


 胸に手を当ててノリツッコミを入れてやる。


「………お嬢様、もしかして酔われていますか?」


 顔のほとんどが見えないので表情が分からないタキシード仮面は困惑した声で訊ねてきた。


「酔う? なんであたしが酔うのさ。お酒なんて飲んでませーん」


 気分が良いのでケタケタと笑って言ってやった。

 馬鹿なやり取りをしていると、壇上にいる楽団が準備を始めて、今度は生歌付きの演奏が開始された。


 ルンバは直ぐに基本姿勢にはならない。離れたところからヴィクトルが手を差し伸ばして、それに応えるようにゆっくりと手と手を合わせ繋いで基本姿勢になる。

 ヴィクトルがちょっとだけ顔を近づけてきて、あたしの匂いを嗅いだ。


「やーん、スメハラだぞ」

「どこかでお酒を引っ掛けられましたね……」

「ま、まさかさっきの果実水はお酒でしたの!?」


 グウェンが声をあげた瞬間にルンバの踊りだしが始まった。


 ルンバはゆっくりなテンポなので初心者におススメなのもあるが、手の動きの自由度が高い。ステップを覚えたら、手の動きと身体の動きで愛を表現することになる。(異世界転生異能バトルの)愛の伝道師であるあたしにかかれば、愛の表現は容易なことだ。


「お嬢様、次のアイーダで私に口付けを」

「なななな、なにを言っていますのヴィクトル!?」


 動きの中で顔を近づけて、男役が愛を囁く様な動作を組み込んでいて、そこでヴィクトルが口速く提案した。

 ルンバの世界観の表情を崩せないあたしの内面を代弁してくれるグウェン。おかげでちょっとステップをミスった。笑顔でフォローしておこう。


 ルンバはワルツよりも回転数はない。だけどワルツよりも回転する速度が速い。グウェンが予想した、さっき酒をかけられたのが本当ならば、あたしは酔いながらも素早い回転運動を幾度かすることになる。


 お金のない時に嫌な事があって、どうしても酔いたい時、簡単に酔う方法がある。一缶の半分くらい身体に入れて、その場で一分間全力でももあげ運動をする。これで酩酊状態完成。良い子は真似しないでね。


 アルコール摂取して、血流を良くすれば全身にアルコールが行き渡るのは大人としての教養だ。

 あたしは今、その状態。


 頬が火照って気分が良かったのが、全身がカーッと熱くなって頭の中も視界も回転しだして、気持ち悪くなってきた。この内から込み上げてくるのは、ダンスの楽しさか、それとも朝ご飯か。


「ぐっ……お嬢様っ」


 ヴィクトルの胸に艶やかに撫でるように触れる動きをしたら、苦しそうに呻き声をあげていた。


「も、モモカ! 貴女のダンスが舞というよりも武になっていますわよ!?」


 何を言ってんだ? あれ? あたしの手が掌じゃなくて、握りこぶしでヴィクトルの胸に当たってる。

 よくわかんないけど、殴っちゃったみたい、てへペロ。


「ももももしかして! 酔いが回ってモモカに染みついた武術の部分が前面に出てきてしまっているのではありませんこと!? 」


 また意味不明な事をのたまっている。ダンスと武術を間違える訳ないじゃない。馬鹿だなぁグウェン。


「お嬢様今です」


 例の提案をされたアイーダの部分で、ヴィクトルが頬を近づけてきた。


 んだぁ、こいつ。まだ負けていないのに、勝者報酬が欲しいってのか。

 いいじゃん。やってやろうじゃん。だけど勝った時は報酬を二倍にしてもらうから。


 あたしはヴィクトルの頬にキスをする。その瞬間はお互いの手を離すことができる振り付けだったので、ヴィクトルがあたしの顔を抱擁するように包み込んだので、周りではそういう演出に見えていて、まさか本当にキスをしているとは思いもよらないだろう。


 たった一度触れて、互いの熱をじっくりと感じ合う事もない軽いキスだ。なのに触れた時に火傷をするかのような熱に襲われて、反射で顔を離し、何が起こったと熱の原因を確かめようとしていると、あたしの身体を火照らせていた熱が抜けていくのを感じた。


 冷静になった。

 冷静になった上で、再び熱が上がってくる。


 これはお酒じゃなくて、羞恥心だ。


 あたし何してんの!? 衆人観衆の中何したの!?

 キスしちゃったよね!? ダンス中にやっちゃったよね!? ぐあああああああノート端に描いた妄想主人公を消さずにノート提出したくらいに恥ずかしいいいいいい!!!!!


 やめよう。よそう。これ以上考えるのわ。


 羞恥心を振り払うために決めのツイストを二回して、終わりのポージングをする。


 拍手を貰いながら、あたし達を退場する。退場の最中、グウェンがシュザンヌの方を睨みつけていたので、あたしが酔ったのはシュザンヌの謀だとようやく思い知った。


 ルンバは………覚えていないけど、敗北してしまうだろう。


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